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「ふぇ……ふぇ……ふぇ?」
秀一は、鼓膜をくすぐる耳障りなその声に、首を背後へ巡らせた。
望月が、警備員を洗脳した辺りから、その瞼と唇を、何かを見ようと言おうとし、絶えず痙攣させていた。しかし、このときに至って――海から上がった素潜り漁師のように、彼はそれらを、裂けんばかりに開放した。
「岡島てめええええええええええええええええええええええええええええええ―っ!!」
やっとわかったか大馬鹿野郎。秀一は、にんまりと歪めた口から、愉快に震えるため息を滴らす。嘘の能力説明。俺の洗脳瞳術は、ブラックリングの髑髏の双眸が成し得る技じゃない――俺自身の双眸が成し得る技なんだ。
激昂し、掴み掛かって来た望月。その股間を、秀一は爪先でもって蹴り上げた。
「姫に言いつけるのか? 俺は殺されるのか? そしてテメェが右腕に返り咲くのか? ケケケ、そりゃあ無茶なプランだぜ。行きたきゃ行けや。姫は今頃、プライベートルームと化した映画館でお楽しみだ。だがな――」
容赦のない去勢に、望月は強制的に膝をつかされた。押し潰される眉間、濁る瞳、捩じれる唇、しとどに流れる脂汗。息子の急逝を知った父親みたいな面相で、彼は秀一を睨め上げる。しかしその身を押さえ込むようにして、分厚い影が被さった――信者の群れが、皮肉にしか見えない笑顔を浮かべ、彼のお粗末なハゲ頭に、無数の銃口を突き付けていた。
「今や施設はこの俺の手の内だ。どこに行こうが信者だらけ。言わんとしていることはわかるよな。今度はテメェが――俺に監視される立場だってこった。下手な真似をしてみろ。そん時はマジで命を潰すぞ。そういうこった。まぁせいぜい仲良くやろうぜ、賢者様ぁ」
秀一は、憤慨のあまり裸電球のようになった望月の顔に、駄目押しとばかりに、マイクスタンドのフルスイングを叩き込んだ。股と顔を同時に押さえて転げ回る、そんな器用で奇特な芸当を堪能し、白煙をげっぷのように吐き出した。
「パーティー会場一丁上りぃ。そんじゃ俺等も映画を観ながら、招待客を待ちますかぁ」
「はいでございます候! 我らが教祖様殿!」
呼びかけると、望月は即座に立ち上がり、大仰なる敬礼を決め込んだ。かわいい子豚ちゃんに、動物王国の主みたいに、秀一はにこにこ笑って見せた。が、突如として――
その笑顔は、潤いを失った――
正面東入口より、サーチライトのように、こちらへ一直線に伸びる――オレンジの光。
その笑顔は、干上がった――
オレンジの光の帯は――爆発によって千切られる。
その笑顔は、皹割れた――
踊り狂う粉塵、跳ね回る死体や信者の群れ。その向こうに、乱痴気騒ぎの主宰が立っていた――有り得ない影が、立っていた。首から下げたヴィヴィアン・ウエストウッドのオーブライター、咥えたチュッパチャプス、投げ捨てられるスタッズやチェーンが煌めく軍人制帽、解放されてはためくサイドテール。そして、猫そっくりの大きな目が、確かにこちらを見据えていた――




