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秀一は、背後からの白煙に血相を変えて振り向いた老爺を蹴り飛ばす。そして、彼と言わず彼女と言わず、年寄りと言わず子供と言わず、膝蹴り肘鉄ヘッドバッド、行く手を遮る全ての者を除外して、前へ前へと突き進む。人混みに当てられて、過呼吸気味だった望月も、何とかかんとかそれに続いた。そして二人は、ステージの上に登った。そんな狼藉者達に、三人の警備員が駆け寄った。秀一が、その双眸を打ち開く。サングラスのレンズを透かした一対の青き光が、警備員達の顔にへばりつく。これまで感じることのなかった自身の頭の重さに負けるようにして、紺色の制服が膝をつく。
そして、ステージは静寂に包まれた――まるで、来る嵐に怯える海原のように。
『どおも~、救済細胞で~す』
秀一は、呆けるピン芸人からマイクを捥ぎ取ると、今からトリオで活動しますとでも続けんばかりに、至極軽快に挨拶した。
『今夜はクリスマスイブ、角張った言い方をするのなら、聖夜というやつですねぇ。聖なる夜、そんな風に言ってしまえば、何だか世界中の隅々まで掃き清められそうな響きですが、世の中ってものはお客様方も知っての通り、そんなに容易くピカピカになるもんじゃない。私の知人に可哀相な奴がおりましてねぇ。何が可哀相って、生まれてこの方クリスマスプレゼントを貰ったことがないらしいんですわ。いや、何も家が貧しいわけじゃございません。父親はそれなりの企業で課長を務めておりますし、マイホームのローンも怠りなく返済しております。それでも、ぬいぐるみの一つも靴下に入れてもらったことがない。理由はともあれ、何とも可哀相な奴ですわ。しかしまぁ、可哀想と言ったって、所詮は他人事。笑い話になりましょう。だからこそ私も、こんな風に面白可笑しく話してみたくなるわけですわ』
しかし、仮にトリオで活動したとしても、きっと彼等はブレイクしない――
『お客様方は、さぞ面白可笑しかったことでしょう。そうでしょうそうでしょう――』
お届けするその笑えない冗談で――観客は凍ることになったのだから。
『だからせめて――笑ってくたばれ馬鹿野郎』
言うが早いか秀一は――トレンチコートの懐から銃を抜き、天井に向けて発砲した。
すると、ステージ周辺に来客達として潜んでいた信者達が、コートやジャケットといった外見を脱ぎ捨てて、その黒いスーツを、そして――銃火器や刃物といった得物を露わにした。無料どころか科料を命じたくなるような彼等の笑顔が、呆ける来客達に向けられる。そこには、選ばれた民と、選ばれなかった民との、確たる一線が引かれていた。その理不尽な線をぼやかし塗り潰すようにして、火と刃が瞬き、鮮血が迸る。そのホロコーストは、施設全体へと及んで行く。ステージ周辺からフロアの奥へ、そして更に2階3階のフロアへと、その大虐殺を糾弾する大叫喚が、まるで激流のようにのたくり走る。華やかなイベントの喧騒は、初めの銃声の残響とともに消え入った。やがて耳に届くのは、未練がましい『ジングルベル』の音ばかり。
秀一は笑う――立ち尽していたピン芸人の額に、ピリオドを打ちながら。柱時計が示す時刻は、只今5時の45分。15分前行動は、大切だ。
たった3分間の出来事だった――
サックガーデン加護江ショッピングセンターが――救済細胞によって占拠された。




