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「車は?」
聖夜のムードを凹ますムーブメントに、往来の外野が騒ぎ出していた。駅の近くには交番がある、マッポでも呼ばれたら面倒だ。秀一は屈み込み、望月の髪、ではなく、ダウンジャケットの襟を掴んで引き寄せ、そのように尋ねた。「あちらに!」答える望月。そのウィンナーみたいな指が示すその先には、一台のタクシーが停まっていた。秀一は、頷きながら、微笑みながら、立ち上がる。そして――望月の顔面を踏み付けた。
「リムジンで来いっつっただろうがよおおお――っ!」
足下が、「でも」だの「しかし」だの言おうがお構いなし。秀一は、地面を固めるランマーのように、無数回にわたって蹂躙する。もともとCGのような造形だった望月の顔が、あのアンパンのヒーローみたいになっていく。いずれにせよ、新しい顔が必要だ。
「そんじゃまぁ、行くとしますかぁ」
しこたま足蹴にしたが、送迎の車など、別にリムジンでなくとも、強いて言うなら軽トラであっても構わなかった。それでも秀一は、望月と顔を合わせる度、挨拶代わりに、物理的にも精神的にも、その顔を潰さずにはいられなかった。奴の監視下に置かれていた数日間を思えば、釣りだけでその人生が三つは買える。もっとも、その両親にクレームを叩き付けることは必至だが。
気付けば、タクシーの運転手が車外に出て、そして棒立ちになっていた。眼が合うと、ゲジゲジのような動きでこちら側の後部座席のドアへと回り、海老のように腰を折ってドアを開けた。洗脳の手間が省けて実に好い。秀一は、彼の目に宿る家畜のそれに似た穏やかな陰りに満足し、後部座席に身体を放ると、ただ行き先のみを言い捨てた。
「おうコラテメェ」
「はい! 何でしょうか!?」
国道を走るタクシーの中、窓枠に頬杖をついて景色を眺めていた秀一は、隣に座る望月へ、ふいに乱暴な声をひっかけた。後頭部に、気持ちのいい返事が飛んでくる。
「ケケケ……どうしたぁ? 唇なんか噛んじまってぇ。口内炎かぁ? だとしたら潰さねえ方が賢明だぜぇ。医者の倅のお墨付きだぁ。せいぜい安静にしてろよなぁ」
見えていないと思っていたのか。粗末なお祈りごと丸められた不採用通知みたいなその顔が、はっきり窓に映っていた。黒縁眼鏡の中、その裂け目のように鋭い目が、指で突いた穴のように丸くなる。姫の右腕の座を奪われたことが、余程悔しいようである。面白くなりそうなので、このように言ってみた。
「望月さんは承知之助だよなぁ。残りのリング所有者が割れた今――てめえの人材価値はゼロに等しいぜぇ。監視能力が今更役に立つわけでもなし、かと言って、期待をかけられる程の絶大な戦闘力を持っているわけでもなし。いきなり社会復帰をしようとして面接会場に突撃した、登校拒否の引き籠りみてぇだなぁ。門前払いされても文句は言えねぇ。賢者の望月様は合点承知之助だよなぁ。姫はどうして待ち合わせ場所にいなかったんだぁ」
望月の顔が、みるみる白む。そこにある満月に、秀一の中の狼が涎を垂らす。もっと面白くなりそうなので、更にこのように言ってみた。
「その姫は言ってたぜ――寸胴の上に薄らハゲ、不衛生な男性器みてぇなナリをしやがって、斬り落としてやろうか、永遠賢者タイムの不能野郎」
「ふぇええええええええええええええええええええええええええええええええ――っ!!」
ついに望月は、奇声を上げて壊れてしまった。言うまでもなく、そんな下劣な悪口を言ったのは、今彼の横で腕と脚を組んで座っている、秀一本人に他ならない。姫は、そんなことは言っていない。せっかくのクリスマスイブ、買い物もしたいからと、先に現地へ行ってしまっただけである。望月のことなど、一言も口にしていない。彼に代わって秀一を右腕と認めた夜から、彼の名前さえ、ハゲや豚とさえ、噯にだって出しちゃいない。やはり姫は、途方もなく残酷だ。




