表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
91/148

3-2

 12月24日――クリスマスイブ。

 例年通り、手帳のその日の日付には、赤い丸印が入っていた。しかしながら例年通り、性欲を発散させるためだとか、または愛だの恋だのを塩だの水だのと同一視する馬鹿を眺めるためだとか、はたまたボランティア精神を発揮して喧嘩別れしそうな馬鹿を煽るためだとか、そんな一夜限りの祭りに出向くわけでは決してない。今年のこの夜は――未だかつて例のない、そんな夜になりそうだった。岡島秀一は、最寄りの高架駅の喫茶店(もといアジトの玄関口)で、アップルティーを飲み干すと、弄るともなく弄っていたスマートフォンで、現在の時刻を確認した。午後4時51分。ワインレッドの髪を掻き上げながら店を出る。「いってらっしゃいませ、教祖様!」店員や他の客の見送りも、開いていく自動ドアの指紋の汚れとどっこいで、至極どうでもいいことだった。

 ロータリーに面する広場に出た。日の入りの時刻から20分も経っていないはずなのだが、水銀灯や駅の明かりから逃げおおせた夜の闇は、深夜のようにどっぷり暗い。セメントの如く塗り固められた天雲(あまくも)が、昼の埋葬を早めたのだ。普段ならば、陽の光を嫌う地底人達への、地獄からのサービスといったところだろう。しかし今宵に限っては、陽の光に飽きた地上人達への、天国からのサービスに他ならない。雨ではなく、雪が降るのなら尚の事――ホワイトクリスマスという予報は、どうやらリップサービスでは終わらないようである。秀一が煙草を咥えて火をつけると、バリバリのキャリアといった外装の女性が、これ見よがし聞こえよがしに咳を出しながら、忍ばすべき邪悪な面相を顕示して、こちらを呪わんばかりに睨み付けていた。一夜にも見たねぇ一時(いっとき)限りの慰めを、こそこそ漁んな失敗面(しっぱいヅラ)。秀一は、これ見よがしに、成功面(せいこうヅラ)を醜く歪めてせせら笑う。女性は、カバのように口を開け放ったものの、何事も言わず身を翻し、ただヒールでタイルを蹴りながら、幸せそうな雑踏に紛れて消えた。

「岡島さん! 遅れてすみませんっした――っ!」

 すると入れ替わるようにして、息を吹き込み過ぎたリコーダーみたいな声がやって来た。疼く鼓膜に、サングラスの奥の目を眇めて振り返る。望月辰夫が、枝も傾がせるたわわに実った果実のような腹を振りながら、足音高く駆けて来る。煙草の煙も雪となりそうな気温の中、汗の蒸気が昇っている。秀一は、幼児がボールに対したときと同様に――その顔面を迷うことなく蹴り飛ばす。

「往来でブーブーうるせぇんだよ。今何時何分だと思ってやがる。15分前行動もできねぇのか。6時になりゃ、残りのリング所有者がやって来る。それまでにパーティー会場の準備を整えなきゃならねぇことは、きっちりはっきり伝えておいたはずだよな。姫を神にするためのパーティーだっていう自覚はねぇのか。そんなんだから、姫から右腕の座を剥奪されるんだ。タイムスケジュールを狂わせやがって。スペアリブにすっぞ三文豚(さんもんとん)

 地面に転がった望月のハゲ頭に、言葉と唾を吐きかける。しかしそれで済ませてやった。現在の姫の右腕は寛容だった。姫自身の右腕だったのなら、屠殺もとい駆除される。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ