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12月24日――クリスマスイブ。
例年通り、手帳のその日の日付には、赤い丸印が入っていた。しかしながら例年通り、性欲を発散させるためだとか、または愛だの恋だのを塩だの水だのと同一視する馬鹿を眺めるためだとか、はたまたボランティア精神を発揮して喧嘩別れしそうな馬鹿を煽るためだとか、そんな一夜限りの祭りに出向くわけでは決してない。今年のこの夜は――未だかつて例のない、そんな夜になりそうだった。岡島秀一は、最寄りの高架駅の喫茶店(もといアジトの玄関口)で、アップルティーを飲み干すと、弄るともなく弄っていたスマートフォンで、現在の時刻を確認した。午後4時51分。ワインレッドの髪を掻き上げながら店を出る。「いってらっしゃいませ、教祖様!」店員や他の客の見送りも、開いていく自動ドアの指紋の汚れとどっこいで、至極どうでもいいことだった。
ロータリーに面する広場に出た。日の入りの時刻から20分も経っていないはずなのだが、水銀灯や駅の明かりから逃げおおせた夜の闇は、深夜のようにどっぷり暗い。セメントの如く塗り固められた天雲が、昼の埋葬を早めたのだ。普段ならば、陽の光を嫌う地底人達への、地獄からのサービスといったところだろう。しかし今宵に限っては、陽の光に飽きた地上人達への、天国からのサービスに他ならない。雨ではなく、雪が降るのなら尚の事――ホワイトクリスマスという予報は、どうやらリップサービスでは終わらないようである。秀一が煙草を咥えて火をつけると、バリバリのキャリアといった外装の女性が、これ見よがし聞こえよがしに咳を出しながら、忍ばすべき邪悪な面相を顕示して、こちらを呪わんばかりに睨み付けていた。一夜にも見たねぇ一時限りの慰めを、こそこそ漁んな失敗面。秀一は、これ見よがしに、成功面を醜く歪めてせせら笑う。女性は、カバのように口を開け放ったものの、何事も言わず身を翻し、ただヒールでタイルを蹴りながら、幸せそうな雑踏に紛れて消えた。
「岡島さん! 遅れてすみませんっした――っ!」
すると入れ替わるようにして、息を吹き込み過ぎたリコーダーみたいな声がやって来た。疼く鼓膜に、サングラスの奥の目を眇めて振り返る。望月辰夫が、枝も傾がせるたわわに実った果実のような腹を振りながら、足音高く駆けて来る。煙草の煙も雪となりそうな気温の中、汗の蒸気が昇っている。秀一は、幼児がボールに対したときと同様に――その顔面を迷うことなく蹴り飛ばす。
「往来でブーブーうるせぇんだよ。今何時何分だと思ってやがる。15分前行動もできねぇのか。6時になりゃ、残りのリング所有者がやって来る。それまでにパーティー会場の準備を整えなきゃならねぇことは、きっちりはっきり伝えておいたはずだよな。姫を神にするためのパーティーだっていう自覚はねぇのか。そんなんだから、姫から右腕の座を剥奪されるんだ。タイムスケジュールを狂わせやがって。スペアリブにすっぞ三文豚」
地面に転がった望月のハゲ頭に、言葉と唾を吐きかける。しかしそれで済ませてやった。現在の姫の右腕は寛容だった。姫自身の右腕だったのなら、屠殺もとい駆除される。




