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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
89/148

2-52

 理奈の読みは当たっている。救済細胞の狙いは、こちらの2つのブラックリングだ。そのために俺達を、いや、主従の主たるこの俺を誘き出すために、この俺が愛する女を人質にとったのだ。理奈に負けず劣らず、素晴らしい読みだ救済細胞。俺にとって最も大切なものはリングじゃない。山野井千尋、その人だ。そうだ素晴らしい読みだ救済細胞。それほど望むのなら喜んでくれてやろう――この拳をくれて、粉々に叩き散らしてやるっ!

「相沢さん、行くのですか?」

「当然だ。姫を見捨てる王子がどこにいる」

 愛する女が囚われの身になっている――動く理由など、この他には必要ない。その姫が、かつて悪姫(あっき)であったとしても、もう今は関係ない。仁は、くだらない質問をよこした理奈に、燃える(かんばせ)を突き付けた。

 しかし、雪解水は、滴らない――

「相沢さん――勝算は、ありますか?」

 理奈の顔には――呑まんばかりの大雪原が広がっていた。

 それでも仁は、焼け野原にせんと燃え滾る。

「俺が進化形能力に覚醒していない盲目だから、そんな戯けたことを抜かすのか? ナメるなよ。お前が一番わかっているだろう――盲目でも開眼に勝てることを。進化形能力は、戦力の決定的差になりはしない」

 そして得意気に、鼻を強かに鳴らしてやった。

 進化形能力を行使したにもかかわらず、盲目ごときに敗れた開眼、橘理奈は――

「坊やでしたからね」

 肩を竦め、ため息まじりに宣った。

 頬をつねって泣かしてやろうかと思ったが、その声の底に忍ばせられている、温かな諦めこそを聞き届ける。しかして仁は、話をまとめることにした。

「じゃあ、明日もとい今日、サックガーデンに午後6時だな」

「はい。ですが、この公園に一旦集まりましょう。午後5時半頃でいかがでしょう?」

「いいだろう。いざ決戦だ。全てに決着(けり)をつけてやる」

 仁は、そこに越えるべき崖があるかのように、きっと正面を見据え、固めた右拳を、左手の平に打ち付けた。

 千尋を救い出し、救済細胞を粉砕し、俺が夢を叶えてやる――

 怯えなどない――

 必ず勝てる――どうにでもなる。

「千尋との結婚式には、お前も呼んでやろう。はち切れる程食うといい」

「ウエディングケーキ、イミテーションだったら帰りますからね」

 ケーキのスポンジのように、軽い口を叩く理奈。こちらも臆してはいないらしい。

 仁もまた、軽く口角を緩めて見せる。そしてブランコを二度三度と漕ぎ入れて、その勢いにまかせて飛び降りた。「遅刻するなよ」胸に闘志を抱き、決戦前の休息をとるべく、霜の降りた砂利を鳴らし、その爪先を巡らせる。

「おやおや相沢さん、靴紐が(ほど)けていますよ」

 歩き出そうと踵を浮かせたときだった。その脚を払うようにして、理奈が言った。くじかれた勢いにバランスを崩したが、そのまま前屈みの体を堅持して、仁はその足元に眼を落とす。靴紐が――

(ほど)けていないじゃないか……」

 翅を休める蝶のような結び目が、そこにはちんとあるばかり。けしからん悪戯に、(おもて)を上げて振り向ける。まさに、その途端のことである――

 浮き上がる首筋を押さえ付けるかのように、鈍い衝撃が落ちて来た。衝撃は満ち潮のように脳へと押し寄せ、意識が引き潮のように滑り去る。小さな貝殻のように残った意識で気付いて見れば、いつの間にやら視界の底に、凍った砂利が敷かれていた。

 何が……起こった……?

 仁は、頬を地面につけたまま、衝撃が落ちて来た空を、横目の端に引っ掛けた――

 曇天の黒い夜空が――より黒い人影に切り取られる。

「はんぺんも、入れてくださいね」

 振り下ろした手刀はそのままに――橘理奈は、そう言った。美し過ぎる、温か過ぎる――そんな笑顔を浮かべつつ。

 この……裏切り……も――

 凍った砂利は潤んで行き、そしてぬかるんだ砂になって行く――

 やがてその中に――静かに貝殻は沈んで行った。


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