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降り注ぐ血の雨に、洞穴へと潜り込む。あの日平馬高校が、加護江中学校と同じく臨時休校の措置を取らなくとも、このブラッディーウィークをせめてブラックウィークに変えようと、相沢仁は、自室のベッドで羽毛布団を引っ被っていただろう。枕元のスマートフォンを介し――ジャスティスリッパーの犯行は、それこそスマートに伝達されていた。3日前の12月20日のボクシングジムにおける殺戮以降、その凶刃は抜き放たれてはいないようだったが、それでもしかし、焦げ付き冷えた黒々とした心底には、一糸の皹さえ入らない。
ジャスティスリッパー。その忌まわしきコードネームが、彼女の名に、さながらルビのように纏わり付く――
山野井千尋――父が聞いた話では、彼女は未だ家には帰っていないらしい。心地良い絶望感が、身体をベッドに馴染ませる。ベッドの中は、さながら富士の樹海のようだった。そして彼は、キャンプを張ったゾンビのようだった――
しかし――小鳥のさえずりが、新鮮な朝の空気を仄めかす。
インターホンのチャイムが、階下に響いた。父は、息子にいらん世話を焼くために、医院を臨時休業にしている。故に、普段なら午後の診療時間にあたるこの時分にも、医院に併設されたこの家の中にいる。やはり父が応対に出たようで、玄関で何やら話し声がする。しばらくすると、話し声は足音に変った。その足音は、一刺しごとに大きくなる。階段を上り、廊下を進む。思わずため息を垂れると、ドアが柔らかくノックされた。
「仁くん、起きているかい? お客さんが来ているよ。」
父の呼びかけに、仁は狸寝入りを決め込んだ。ややあって、まんまと化かされてくれたらしく、ドアに寄り添う気配が揺らぎ、足音が階下の玄関へと帰って行く。そして再びの話し声。来客もまた諦めたのか、玄関のドアが閉まる音がした。
誰だろう?
まさか――千尋か?
いや……そんなわけはないだろう。
ならばどうでも……いいことだ。
壁に備え付けられたデジタル時計は、緑光のアラビア数字でもって、午後4時5分を示している。『午睡』が突き抜け、『牛睡』に至りそうな締まりのなさで、仁は再び、ベッドの中で丸まった――
どれくらい――眠っていたのだろう。雨漏りを受け止める茶碗から雨水が溢れるように、仁は羽毛布団から顔を出す。閉め切ったカーテンの隙間から外界の光が漏れているということはなく、むしろ、部屋全体がその輪郭さえもわからぬ程に、未明の泥の底に沈んでいた。鯰の面で、ただ一つ光って浮かんでいる、しかし幻覚のような緑の数字を仰ぎ見る――
日を跨いで午前の2時、12月24日の午前2時――
クリスマスイブが――始まっていた。




