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『そしてこの嘘が―姫をぶっ殺すための鍵と成る』
姫に下る事前、秀一は、とある人物を探し出すようにと、信者に指令を出していた。そして、頻繁に利用するあちこちのコンビニの店員を、新たな信者に仕立て上げていた。あのブロッコリー頭の店員も、その中の一人だった。靴の裏さえ喜んで舐め回す彼等が、煙草の購入を断る。それこそが――その人物を発見したというサインだった。
コンビニを後にし、横断歩道を渡り、左に折れて、歩道を進む――
すると――狂いなくその人物は待っていた。
路肩に停車している、内にも外にもブルーライトを焚いた、一台の黒いワゴン。秀一は、両手をトレンチコートのポケットに突っ込んだまま、その車両とすれ違う――その後部座席に座る一人の老婆に、ドアガラス越しに、流し目を送って見せながら。それでも彼女の瞳には、さながらバールのように乱暴な、青い眼光が突っ込まれる。さぁ、その口を、その金庫の扉を、いざ開いてもらおうか――俺の鍵が、そこにはある。貴人を護衛するかのように同乗している私服姿の信者達には目もくれず、そのままその場から遠ざかる。
勝った――思わず秀一は笑っていた。この眼光を、この笑みを、背後の馬鹿が見ることはない。思わず叫び出したくもなった。しかしながらその衝動は、胃の底へと落とし込んだ。勝利を確信してはいたが、それでもやはり、それは未定の予定でしかないからだ。気を張る気は、きちんと残しておくべきだ。断じて監視を恐れたわけではない。なぜならば、計画がこの段階に至った今、もう望月をウザいと意識することもないのだから。
にやつく主をよいしょするように、懐中のスマートフォンが、高らかに鳴り響く。
「あ~はいはい、今夜もお疲れ様っす、マイプリンセス。へぇ、そりゃあよかった。はぁ、そうっすか。いやいや、すげぇ光栄っすよ、本当に。そうっすね、喜ばしい限りで。まぁ、期待しててくださいよ。豪華なパーティー会場を用意させていただきますんで。姫は座したまま――神になる時を待てばいい。この俺が、ニンブスの冠をプレゼントさせてもらいますぜ」
通話を切る。姫からだ――信者が残りのブラックリング所有者を特定したとのことで、えらくご満悦の様子だった。
姫は言った――この喜びは、救済細胞の力があってこそのもの。疑って申し訳なかった。そのリーダーである秀一こそが、今この瞬間から、自分の右腕に相応しい。
秀一は、笑いが止まらなかった――この報を受けた望月は、今頃失意の底に沈んでいることだろう。背後の気配は、夜の闇に呑まれたかのように、既に綺麗さっぱり消えていた。
そして姫は言った――もうすぐ夢が叶うのだと。
秀一は――笑いが止まらなかった。
姫様よ、テメェの夢は叶いやしねえ――
夢を叶えるのは、この岡島秀一様だ――
てめえが神の座に座るだと――そんなしけた神図、チラシの裏に描きやがれ!
「サッちゃんがね、とおくへいっちゃうって、ほんとかな――」
今日もまた、夜が街に胡坐をかいた。その膝元に散らばる明かりは豪奢な馳走。星と月は歌を口ずさむように輝き、街路樹の枝を透く北風さえ伴奏に聞こえてくる。
秀一もまた――その歌を口遊まずにはいられなかった。




