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しかし策士は、それを油断なく俯瞰する―
物を言うはずの兵力が、完膚無きまでに沈黙させられた、あの大きな誤算を生じた夜のこと。未だ炎が蠢く市役所で、今わの際の信者の一人が、その戦場の全貌を言い告げた。ムカッ腹の立つ話だが――この俺自ら敵の懐に飛び込むことこそ、唯一無二の活路だった。
しかし、姫と呼ばれるあの女は、人をおいそれと配下にしても、おいそれと信用することはない。この俺、岡島秀一なら尚更で、必ず監視役をつけてくる。第一に――その監視役を欺かねばならなかった。偵察衛星も真っ逆様の監視能力、それを、欺かなければならなかった。無論その力は事前に聞き及んでいたわけだが、その力の程を、身をもって痛感した。望月辰夫の監視能力は、確かに俺へ重たい枷を嵌めた。勉強をしていれば使えない家庭教師が付き添っている気分だったし、女を抱いていればAV男優の気分だった。無論、下手な指示を信者に送るわけにもいかなかった。奴もまた、ブラックリングの所有者だ。この争奪戦に勝利し、夢を叶えるべく動いている。ぶら下がって、動いている。姫の腰元で、揺れている。あれやこれやと奸計(のようなもの)を巡らせることだろうが、奴は結局、最期の最後まで、運よく手元に配られたジョーカーに縋るしか能がない。はりぼての自尊心に隠居した中年野郎の典型たる奴のことだ、俺への監視役を任されたことで、たったそれだけで、さも当然のように、姫から右腕と目される程の信用を得たと思い込む。そしてその架空の安楽椅子を守るために、空気椅子でもしているかのように、欠陥のある顔に血管をのたくらせ、全身全霊で任務に臨む。それに奴は、その劣等感ゆえに、俺を政治家の如く毛嫌いしている。感情のない偵察衛星とは違い、二倍三倍の働きをするだろう。豚に真珠だなどと、嗤えやしない。『考えるな、感じろ』なんていう文句を身上としていそうなあの女にそこまでの思慮があったとは思えないが、しかしいずれにせよ、奴は俺の監視役として、至極打ってつけの人材だ。そんな状況下で、動かなければならなかった。望月辰夫の監視能力は、確かに俺へ――重たい枷を嵌め込んだ。
だが、やはりその枷は――
緩い、緩い――緩過ぎる。
岡島秀一の進化形能力『救いの偽眼』は、言わば洗脳瞳術である。ブラックリングの髑髏の双眸、そこから放たれる青い光を見せることで、対象を傀儡人形にする。確かにそのように、俺は能力内容を開示した。だがそんな話は――ダウトに決まってんだろ馬鹿野郎。望月は、薄々疑いを持っていたようだったが、もっと深々と疑うべきだった。
確かに俺の能力は洗脳瞳術だ。青い光が自我を洗い流す。そこに違いはない――
だがしかし、術を放っていたのは、洗脳効果のある光を放っていたのは――
髑髏の双眸と同じく青い光を放つ――俺自身の双眸なのだ。
望月の疑いを晴らし、嘘の洗脳条件を信じ込ませた方法は、どうってこたぁない。木を隠すのなら森の中――あのパンチパーマ親父を洗脳する際、洗脳効果のある俺自身の双眸の光を、髑髏の双眸の光の中に、ただ紛れ込ませていただけこと。




