2-44
食事は大勢で食べた方が美味いものだ。エピス、カネル、ミニョネット……美味さを引き立てるスパイスは数あれど、食卓自体に振りかけられる雰囲気というスパイスに、勝るものなどありはしない。そう思うからこそ、岡島秀一は、必ずといっていい程、誰かしらとは食卓を囲むことにしていた。両親、友人、高校の理事長や暴力団の組長まで――そんな連中を、ワインのように舌で転がしながらの食事は、病み付きになる程美味かった。
連中は――馬鹿野郎だった。学び考えることを放棄し、慣習などという薄汚れた薄っぺらい教科書を教典とする。その癖、新しく便利な教典をちらつかせると、いとも簡単に己が教典を放り出し、頭上ではない遥か彼方の天を仰いで夢を乞う。しかしそんな連中を、見下しはしても、爪弾きになどしてはいけない。連中は頭がすっからかんであるが故に幸せなのだし、それはこちらにとっても幸せなことであるからだ。連中が、この教典を望むのなら、くれてやればそれでいい。宗教勧誘と何ら変わらない――信者という名の奴隷ができあがる。
しかし、今宵の食事は一味違った――一味足りなくて、味気なかった。
タクシーで一時間ちょっとの所にあるフレンチレストランで接待をし、とんぼ返りで加護江市に戻り、腹の膨れた豚を、畜舎へと送り届けた。アパートごと丸焼きにしてやりてぇ……。そんなことを思いながら、秀一は目を開けた。座る後部座席のシートは柔らかく、タクシーの走行も滑らかで、振動はほとんど感じない。それでも、無骨な石の布団に横たわっているような鈍痛を背中に感じるのは、やはりあの豚野郎のせいに他ならない――
背後から感じる、粘っこい視線――『後ろの鉄面』。
望月辰夫は――予想以上にメンドくせぇ野郎だった。姫の暴力よりも自分の脳力。無論婉曲的にではあるが、そのように、拠り所の対象をこちらに誘導しようと試みた。パッパラパーな頭を更に鈍らせてやろうと、高価なワインと料理を、ジュースや菓子の如く飲食させた。しかし結局、それは無駄なことだった。あるいは、ゲロとクソを出しているような大衆居酒屋とかに連れて行くべきだったのかもしれない。そうすれば、奴に夢を見せられる神になれたのかもしれない。いずれにせよ、素敵な夜を越えることはできそうにもない。らしくなくネガティブに、そんな早計をしてしまう。それ程までに、別れて尚怠りなく行われている監視が、忌々しくて堪らなかった。
舌打ちをしたい衝動を生き埋めにし、秀一は、スーツの胸ポケットから、セブンスターのパッケージを取り出した。が、振れども振れども、銀紙の破れ目から、煙草が顔を覗かせることはない。パッケージの底で、煙草の葉の茶色い屑が、囃すように踊るだけである。ぐしゃりとパッケージを握り潰し、足元に放り出す。首を巡らせた車窓では、髪をワインレッドに染めてサングラスまでかけている、そんな柄の悪い男がガンをくれていた。




