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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
78/148

2-41

 望月は、鬼の首でもとったかのように、その唇を歪めて見せる。そして爪先で、足元の塊を小突いて見せる――

 その塊は転がった――ボクシングジムの会長だった、その達磨さんは転がった。

 ものの数秒の出来事だった。プロ時代、数多の対戦相手をマットに沈めた右腕を輪切りにされ、彼がそれを視認したときには、既に左腕と両脚が、身体と別れを告げていた。しかし望月の胸には、未だに一滴の同情も染み出してはこなかった。秀一が暴くまで、どうしてその罪が明るみに出なかったのか。ニュースにもなっていない、新聞にも載っていない。それでも奴は――確かに裁かれるべき悪人だった。心身の鍛錬を建前に、練習生をリンチして殺害した過去のある極悪人なんぞ、鬼籍に入るのが当然である。これだからDQNの成り上がりは困る。どんなに賞金を稼ごうが、どんなにジム生を集めようが、徒党を組んで恐喝をしていたらしい若かりし頃と変わりがない。悪人は、どこまでいっても悪人だ。ざまあねぇなと望月は、生芥(なまごみ)の代表に唾を吐く。

「へいへい、すんませんでしたぁ。姫の怒りを買って、十代で死にたかねぇし、こっちのリストも見直しますよぉ」

 秀一は、望月の嘲笑を鼻で嗤い、口からは煙の輪っかを吐き出した。そして懐からスキットルを取り出し、軽快に傾ける。十代の自覚は、全く見えない。

 拭い切れない嫉妬心に、望月の顔は、威嚇する河豚のように、毒々しく膨らんだ。しかし、相手が逃げ去るのを待ち望んでいても、効率が悪いというものだ。時は金なり。賢者は――攻めることにした。攻めると言っても、そのアンパンのような拳で、身体に直接教え込んでやるわけではない。そんなことをしても、相手はヤンキー、返り討ちに遭うだけだ。『孫子』でいうところの最上の策とは、『敵の政治や謀略の思惑を打ち破ること』である。そのように、アパートの大家が言っていた。

「ところで岡島――俺は、お前をもっと知っておきたいんだが」

「はぁ? 何すかそれ? 遠回しな告白っすか? カミングアウトっすか? いや、その……クソキモいんで、勘弁してもらえますかね」

「俺はノーマルだよっ!」

「顔がアブノーマルでぇす。危ないのがノーマルってかぁ?」

「やっかましい!」

 このイケメンが! 人生イージーモードの当選者が! 望月の顔は、嫉妬の炎を燃やして、更に気球のように膨らんだ。が、最後に勝てばいいのだと、それが賢者たる者の生き様なのだと、顔を萎ませて(虫眼鏡使用のこと)、平静を取り戻した(色眼鏡使用のこと)。

「てめえの進化形能力、『救い(スレイヴ・)の偽眼(コンシェルジュ)』は――洗脳瞳術だったよな。ブラックリングの髑髏の双眸、そこから放たれる光を見せることで、相手を傀儡人形にする。間違いねえな?」

「ブッブ~不正解で~す。リング所有者には効かねぇっていう、最重要点が抜けてま~す」

 望月や姫は、参謀となった秀一に、それぞれの能力の全容を開示していた。その策を、より精密なものとするために。しかし望月は、姫の命令とはいえ、このドリアンよりも臭い男に、自身の能力を教えてしまったことを、『頭痛が痛い』と叫んでしまえる程に後悔していた。秀一の腹に一物があったとするならば、こちらの能力を把握されていることは、脅威以外の何物でもない。太平洋戦争中の日本にとって、零戦を鹵獲されたことは、ミッドウェー海戦の敗北に並ぶ痛手となった。そのように、アパートの大家が言っていた。秀一の能力もまた、当然開示されたわけだが――どうしても望月は、彼の説明を信用できなかった。奴の舌はよく切れる。二枚刃の恐れがある。望月は、弾けた冷ややかな光のような、自分自身の直感を信用した。幾度となく苦難を知らせた、その神経こそを信用した。一般的に、『自意識過剰』だとか『被害妄想』だとか『疑心暗鬼』だとかと、一笑に付されてしまう神経だが、悪意に晒された人間のそれ程、微細な針の先端のように、研ぎ澄まされているものだ。まるで、一般化することが叶わない、人間国宝の職人芸のように。そう断ずる望月は、胸と腹を張って、のしのし秀一に詰め寄った。


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