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「被害者は、大会を来週に控え、日曜日の昨晩遅くまで練習を行っていた、十六名の剣道部員と顧問の教師。いずれも――鋭利な刃物で、肉片になるまで斬り刻まれていたそうです。現場となった武道館内は当然血の海。ですが、第一発見者の用務員さんの話ですと、外部から見ても、まるで武道館そのものが流血しているように見えたそうです。それもそのはず、床や壁や天井にさえ――長大な斬り傷が、縦横無尽に走っていたそうですから」
あのブルーシートの裏側にある惨状を、もとい、昨晩の夜の帳の向こうにあった惨劇を、仁はつぶさに想像する。
鋭利な刃物で、斬り刻まれる、剣道部――
彼や彼女の瞳を、吸い込まれるように、覗き込む――
一瞬にして――肌が粟立った。
ポタージュを注いだ胃袋が、氷嚢のように、冷たく固くそして重い。思わず屈める上半身。が、「相沢さん――」の呼びかけが、情け容赦なく釣り上げる。抗うように、眼球だけで見上げれば、自動販売機の上から、理奈が視線を垂らしていた。
「犯人について――どう考えますか?」
滴る問いが、額に砕けた。その響きが、頭蓋骨を叩き続ける。ひと響き毎に、穿たれる。さながらそれは、雨漏りが床板を侵食するかのよう。茶碗を置くように、仁は額に手をやった。だがしかし、理奈の慧眼は、床下の死体を見出した。「相沢さん――」再びの呼びかけが、首筋を撫で下ろす。そして――
「あなた何か――私に隠し事をしていませんか?」
ギロチンのような問いが降って来た。
ルイ16世に確かめたくなった。そこにあるのに、手も足も、動かせない。首筋の、限りない調和を孕んでいる細い細い境界線が、それでも堅固に、上と下との交流を阻んでいた。しかし、それはやはり幻覚で、別たれることのなかった竹馬の友、心臓によって血潮を受け取った脳みそは、涙ぐましい審議を重ねて行く――
打ち明けるべきだろう――
『遺留品』――
『秘密の暴露』――
刃の如き双眸――
そして更には――。
「腐っても元女優。人情の機微には、聡いんだな」
「恐縮です」
脳内の野次を遮り仁が言うと、見上げた態度で理奈は応えた。
「俺は――いかがわしい本をベッドの下に隠している」
「…………」
しかし次の瞬間には、男性器に告白されたような顔で見下ろした。吹き飛ばされるかもしれない……。チャックの内側に北風が吹き渡ったが、それでも尚、仁は理奈を仰視し続ける。それが功を奏したのか、理奈は、道端の犬の糞を見過ごすようにして、その眼を横へ俯けた。しかしやがて、滔々として語り始めた「私の推測ですが――」
「これは――通り魔の犯行でしょう」
犬の糞は、シャベルとビニール袋でもって、適切に処理された。理奈は、そのままリードを引いて――散歩を続ける。
「通り魔、すなわち――山野井千尋さんの、仕業でしょうね」




