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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
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2-34

 一刻も早く家を出たい――相沢仁は、そう思った。親の仕事場が家の敷地内にあるという境遇を、親に甘えたい子供の頃にこそ喜んでいたものだったが、今となっては、ただただ煩わしいだけだった。遊びに行く毎に行き先やら帰宅時間やらを訊かれ、買ってきた漫画を読み耽っていても夕飯だと催促され、ネットでムフフな動画を見ていて夜更かしなんぞしようものなら、不眠症ではないかと診察される。ましてや、学校を休もうものなら尚更だ。ここ最近の彼は、家から出ないそのために、家を出たいと思っていた。腹を殴られ出来もしないムーンウォークを強制されているような気分でもって、平馬高校の門を潜る。欠伸が出る。13日の昼下がりから、父親の追及を振り払い自室へと引き籠り、14・15と、つまりは週末を眠って過ごしていたのだから、睡眠時間は十二分のはずなのだが、頭には煤煙がかかっており、瞼は重力に負けていた。

 仁は相変わらず、愛しの幼馴染み・山野井千尋が、通り魔の正体であるという確信に――その目を固く瞑っていた。

 現実逃避の奥義は惰眠である――そう彼は考える。しかしながら、奥に進む程に、浅くなる。いつか秀一に聞かされた、デンマークの昔話を、とりとめもなく思い出す。影を小人に売った男が、周囲に排斥され、山奥で孤独に生涯を終えるという、確かそんな筋の話である。不思議に思う。そこまで影は、尊いものであるのかと。あまりの睡魔の猛攻に、再び吼えるように欠伸をする。同じく昇降口へ向かっていた周りの生徒が、まるで冬眠を仕損じたヒグマに遭遇したかのように、揃いも揃って立ち竦む。俺だって、できることなら冬眠してぇ……。仁は、コンクリートの足下のような頭上へと、その視線を投げ捨てる。

 すると、その頭を殴り付けるようにして、一時限目開始の予鈴が鳴った。仁は駆け出そうと、バネのように縮めた身体を一気に伸ばしたが、その勢いは、宙へと浮かされることとなる。その挙動は、ふと足元に縄を張られたかのようだった。周囲の同志達もまた、電池を抜かれたラジコンのように立ち止まっている。彼等を停止せしめたものは――昇降口から溢れ出る生徒の群れに他ならない。避難訓練にしては、随分真面目な取り組みようだな……。仁は、そんなことを考える。しかし、走る生徒達の顔にあるものは、遠ざかりたいという恐怖ではなく、近付きたいという興味であった。その意識の先は、その流れの先にやはりある――

 人だかりと、喧騒と、パトカーの赤色灯――。

 そんな非常事態に包囲された武道館が――そこにはある。

 授業中の妄想シチュエーション堂々の第一位、『校内事件』が今ここに! 仁は今度こそ駆け出した。それは周囲も同じであり、同志は宿敵に早変わり。野次馬のオープン競争の開幕だ。スタートダッシュで出遅れて、最後尾を走ることと相成った。やがて馬群は、武道館に程近い自動販売機を通過する。まさに、その瞬間のことだった――


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