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次いで望月は、彼女の背中越しに、彼女が対峙している者達を覗き見る。まるで周囲の暗闇から分裂したような、真っ黒いスーツを着た連中だった。銃火器にまで至るありとあらゆる剣呑な得物が、そして何よりそんな兵装を軽装と主張するかのような微笑みが、その黒い身分を物語る。とてもじゃないが、彼女の待ち人には見えやしない。彼女の同級生には見えやしない。しかしその黒い集団の只中に、見覚えのある、しかしそこに見出すはずのない、二人の人物を見定めた。石井大輔、染谷琴美――彼女が約束を押し付けた、決闘を申し込んだ、そんな二人の同級生が、そこにいた。男は金属バット、女は鉈、やはりそれぞれに剣呑な得物を持ち、やはりことごとく微笑みを浮かべている。
謎の黒い集団、そして逃げずにやって来ている同級生――予想も計画もダダ崩れ。二人きりで話せる空気は微塵もない。望月は、意中の女子のデートを目撃してしまった男子のように、底抜けの絶望感に包まれた。小学生の頃の体育の授業、ドッジボールをやったことを思い出す。外野なんて、所詮ゴミ捨て場に過ぎなかった。それでもしかし――
「まぁ、鉄砲でも大砲でも――どんと来いって感じだけど」
そんなこちらの想いなど、影法師に縋る蟻に等しいようだった。それ程までの孤高を背負い、その背中は歩んで行く。行く手には、黒服の大群。左手には――一振りの日本刀。親指が鍔を押し上げ、黒石目塗りの鞘から覗いた刃がぼやりと光り、夜の闇を艶めかす。
と、その闇が音もなく翻る――
しかしそれは、漆黒の髪の躍動だった――
そこから先は、視認することすら敵わなかった。ただ見つめようと努める世界が、スピンした車にでも乗っているかのように、モザイク処理を施された流れとなる。現場に寄り添わない耳には、豪雨が屋根を叩くような銃声や、雑巾を裂くような呻き声が流れ込む。何が起きているのか。しかし、想像が現実という骨肉を持つまでに、当然時間はかからなかった――
そこには暗澹たる水墨画があった。墓標のように佇む黒い鞘、夜天を仰ぐ黒服達。が、それらの中心に君臨する女の影が、さながら地を叩くように白刃を払うと、鞘も黒服も倒れ伏し、そしてそこに絵画ができあがる。虚空にて、赤い山茶花が咲き乱れる。それでも駄作であると言うように、絵画はやがて塗り潰される。血の雨によって――真っ赤に真っ赤に塗り潰される。
「私は――強い」
血塗れの地にて、彼女は言った――
「だから、だから――」
そして刀を構え――
「私はヒロインになれる――っ!!」
煽る風さえも巻き上げて――並み居る敵を斬り散らかす。
それだけでは満足し切れないのか、刀を地面に突き刺すと、空いた両の手を、血の蜻蛉返りを見せていた黒服へと差し伸ばす。その左手が右袖を掴み、その右手が右肩に絡み付き、その背が腹に打ち付けられ、そしてそれは現出した――
一本背負い――。
だがそれは、たとえばオリンピックで披露されるそれとは、全くステージを違えるものだった。投げ落とされることはなく、投げ飛ばされた者の身体は、受け身を取ることを許されず、水銀灯の脚を叩き折り、石畳を捲り上げ、中の土を隆起させ、そうしてやっと、地中に上半身を埋めた格好で停止した。
望月はそこに、『武』の極致を見出した。それは、『暴』への帰還に他ならない。ここにある――武神に愛されし阿修羅の王が、ここに在る。そんな彼女は、マントのように髪を払う。遊びを終えた右手が、ゆらりと垂れる。すると、然るべきタイミングでシフトレバーを操るかのように、足下に突き刺された日本刀を掻っ払う。そのローファーの爪先が、スピードメーターの針のようにぐるりと返され、望月が見ている世界も、左へ百八十度回転した。
そこで望月は、肝と膀胱を潰した――
目の前に――またもやロケット弾が迫っていた。
「またしょうもないもんを……」
気怠げな口遊びを置き去りに、彼女は動いた。足元に転がる鞘。その側面を踏み擦り、浮いたその中程を踵でもって蹴り上げる。身体が更に左へ捻り込まれるのと、左手が宙にあった鞘を取るのと、納刀の仕舞いとは、一時に完了していた。柄を握る右手が、そこから注入するかのように、更に強く握り込まれていく。そして――
抜刀術一閃――。
望月は、夜に一条の昼を見た。鱗粉の如く舞い散るその残光の中で、ロケット弾は、こちらを睨んで落ちて来ていたが、文字通り瞬く間に、落花生の実のようにぱっくり割れた。半々になった凶弾は、本来の標的からそれぞれ逸れて、停めてあった公用車に着弾。吠え猛る炎が突き上り、凍った夜空を、焦熱の喉に呑み込んだ。「ふふ……」見下ろす丸い背中が、震え出す――
紅蓮に染まる駐車場――
炎風に遊ぶ黒き瀑を頂いた破壊者は――天を抱え、裂帛の高笑いを打ち上げた。




