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しかし、何かがおかしい――
感じられる気配が――
大き過ぎる――多過ぎる。
心臓が――有刺鉄線で縛られる。
「ふぇ――っ!」
その棘が、ずぶりと音を立てて食い込んだ。同時に望月は、汚い悲鳴とともに飛び退り、そのメタボな体型からは想像もできない電光石火の身のこなしで、松林の中へと逃げ込んだ。何だ……あれは? 突如眼前に落下して来たその黒い物体を、立木の陰から、恐る恐る覗き見る。それは、人だった。人が、大の字になって倒れていた。黒いスーツを着た男である。が、15・6歳と見られる顔立ちや、逆立てた金髪、首筋のトライバルタトゥーといった服装に馴染まない様相が、どうにも痛々しい印象を生んでいる。しかし更に痛々しいのは、その胸元の方だった。赤い飛沫に煙る夜の闇。彼の胸元には――真一文字の斬り傷が走っていた。
あなた様はどちら様――
というか――何が起きたのでございましょう?
望月は、可愛らしく首を傾げて見せたが、当然男からの返事はない。屍ではないが、返事はない。その代わりに頭上から、ぴゅ~ひゃららと、祭囃子の笛の音にも似た音をはためかせ、ありえないものが飛んできた。モヤシのような、と表現するには、あまりにも黒々としていて、あまりにも頑強そうな、そんなフォルムの飛来物。どこかで見たことがある……ああ、そうだ……ガンアクションのアニメで見たことがある。それは紛うことなき――ロケット弾だった。
「ふぇええええええええええええええええええええええええええええええええ――っ!!」
やはり汚い悲鳴を撒き散らし、望月は、林の奥へと飛び込んだ。細い影が、太った男に代わって、するりと景色に入り込む。次の瞬間――周囲の色彩も、四方八方に出奔した。それを追い詰めるように、唸りを上げる炎と風が、樹木や土壌を食い散らかしていく。しかし、何もかもが刹那の事で、全ての破壊の痕跡は、既に黒い煙に覆われていた。望月は、泥の地面の上に、取り落とされたミートボールのように丸くなっていた。耳に押し入った轟音で、鼓膜が抜けるように痛んでいる。煙が、薄らいでいく。顔を上げ、首を捩じり、尻が向いている方に眼を注ぐ。そこには、彼を匿ってくれたあの松の木は存在しなかった。ただ、主に打ち捨てられた墓穴のようなクレーターが、口惜しそうに開いている。ずれた黒縁眼鏡を直しもせず、ただただ鼓動のノックに聞き耽る。シャットダウンしたかのように力が失せ、身体がぱたりとその場に倒れる。だがしかし――




