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秀一は、世界に宣戦布告するような剣幕で、その号令を鳴り渡らせた。
再び、信者の咆哮で、シャンデリアが大きく震えた。「教祖様万歳、救済細胞万歳――」そんな余震を響かせながら、彼らはどこからともなく、青竜刀や金棒、果ては恐竜でも仕留めに行くのか、対物ライフルやロケットランチャーをも取り出した。そして、一旒の巨大な旗の如く翻り、部屋の外へと進撃して行った。
コウモリが出払った洞穴のような室内。訪れた静寂が、火照った身体を優しく撫でる。だが、それを拒絶するかのように、熱い鼓動が胸を打つ。潤んだ氷がグラスに撓垂れる。
「ったく……血、もとい――記憶は争えねぇな」
秀一は、吸い殻とともに、そんな言葉を吐き捨てた。そして右手に、親指に、嵌められたブラックリングに、眼を落とす。その髑髏の双眸から投げかけられる、怪しくも美しい青い光が、彼の端正な顔を照らし出す。その光の中に秀一は、自分の前世を見出した――
道明教教祖・足立信明――今や日本の犯罪史の顔となったカルト教団の教祖もまた、自分と同じような夢を描いていた。武力により日本を転覆させ、代わってそこに、自身を絶対君主とする独裁国家を築こうと夢見ていた。自身が独裁者として君臨する、地球という名の惑星国家を築こうとしている自分と、根本的には変りがない。
それでも――生まれ変わりは前世を嗤う。チビでデブだったことや、根の浅い雄弁しか武器がなかったことを見下しているのではない。『真なる支配者とは、敵を閉口させる力を有する者』そのように、足立は声高らかに言っていた。しかし秀一は、彼を馬鹿だと馬鹿にする。どんなに閉口させようと、ともすれば口は開かれ、そこに牙を見るだろう。敵がいる限り、その身は常に競争の只中だ。そんな支配者は、結局獣と同じである。自然に摂理の鎖で支配されている、紛うことなき奴隷である。『真なる支配者とは、無敵である者』そのように、秀一は固く断言する。敵がいなければいいのだ。かと言って、味方しかいない仁君になりたいわけではない。味方さえもいらない。この世の全ての人間が、自分の足元に跪けばそれでいい。それが最高だ。それが最適だ。それにそれは、連中にとってもまた、最高で最適なことなのだ。馬鹿な野郎がどうやったら楽に生きられるか知ってっか? 人間なんざ辞めちまうこった――岡島秀一という新たな自然の、奴隷になっちまうこった。そうすりゃあ、せめて笑って死ねるだろうさ。
秀一は、グラスを片手に、立ち上がる。一気にグラスを空にして、それを床へと放り出す。叫喚が砕け、涙が散らばる。
その辺に転がってる奴等と同じ、馬鹿野郎の分際で、この俺様に盾突くたぁいい度胸だ。敵になるたぁ不届きだ。テメェがこういう行動に出ることは読めていた。もうすぐ聖夜、前祝いといこうじゃねえか。ステージは飾ってやった。遠慮なんかするんじゃねぇ。鼻だけじゃなく全身を、真っ赤に真っ赤に染め上げて、跳ねるように踊って見せろ。テメェは所詮笑いもの。だがなそれでも、そのピカピカの赤い身体は役に立つ。暗がりの中の、五つ目のリング所有者は、テメェの最期に釣り出される。
秀一は、在留している護衛用の信者のうち、長い黒髪が美しい女性信者に手を伸ばし、その髪の毛を引っ掴む。引き抜かれる雑草よろしくの扱いを受けても尚、彼女は笑顔を浮かべている。今夜の肉便器が決定した。狼は豚を引き摺り、フロア奥の巣穴へと入って行く。ドアを閉める間際、残りの豚に、こう唸る。
「床が汚れちまった。ゴミの掃除をやっとけよ」
ドアが閉まる。清掃が進む壮麗なフロアで、ベッドが軋む音と汚らしい罵声とが、うるさい地団駄を踏んでいた。




