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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
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2-18

「おい、山野井」

 すると秀一は、逃げるように振り向いて、そこにある席の千尋に声をかけた。

 途端に千尋は振り向いた――圧し折られたかのように、首だけを捩じり回して振り向いた。その下瞼には、泥水が溜まったかのような隈が浮いている。しかしながらその瞳は、爛々として輝いている。子供が見たら上から下から噴き出しそうな、そんなあまりに悍ましい面相がそこにはある。

「……何?」

 怨霊っぽい千尋、あるいは千尋っぽい怨霊が、唇からノイズを滴り落とす。

 声をかけたはいいが、二の句が継げず、固く呪縛されていた秀一だったが、ややあって、ぎこちなく頬を掻いて見せた。

「ああ……何だ、その……昼飯、食わねぇのか? 昼休みももう半ば。早食い選手権になっちまうぜ?」

 千尋の手元には、包みの解かれていない弁当箱が、ちょこんと置かれている。仁は知っていた。彼女が、毎朝自分で弁当を作るということを。きっと彼女に似合う、慎ましいながらもぬくもりを感じる、そんな献立になっていることだろう。合鴨のロースや切干大根を味わいながら、食事中ずっと、この男はそんな妄想に耽っていた。しかし千尋は、そんな弁当箱には目もくれず、遠くに疎開してしまった家族を想うような表情で、左隣にくっつけた席を見る。

「悠ったら……購買部にお弁当を買いに行くからって、生物室で別れたんだけど……まだ帰って来ないのよね」

 その言葉通り、千尋と悠は、いつも二人で昼食をとっている。互いの弁当を見せ合い食べ合いしている様子は、まるで仲の良い姉妹のようで、いつもは彼女達と行動を共にする友人達でさえ、邪魔をしては悪いからと、同席を遠慮する程だった。羨ましい……そして妬ましい。今は姉妹のような間柄かもしれないが、百合の花柄になることだってあるだろう。恋敵は、何も男とは限らない。仁はつくづく、そう思う。

「野郎のことだ、購買の弁当に飽きちまって、そこのコンビニまで足を伸ばしてるんじゃねぇのか? 通り魔に襲われないといいがな。あいつの奇行は、最早悪行の域だっての」

 秀一が、蛇が牙を剥くような(ツラ)で毒突いた。九分九厘同意するが、空気を読め……。仁が恐る恐る窺うと、案の定千尋が、乱れた髪を噛みながら、箸箱から抜いた箸を、圧し折らんばかりに握り締めていた。それ以上いけない、追い詰めちゃいけない。藪から出るのは蛇とは限らない。ただでさえ、昼食がまだで飢えているのだ。飛び出してきた狼に、頭から食い付かれては堪らない。その牙もとい箸が、自分達に突き立てられる前にと、

「それは言い過ぎだ、秀一。滝川の奇行は、悪行と言うよりは悪戯だ。中坊の万引きと変わらない。まだまだかわいいものだろう」

 仁は、ブローでしかないフォローを入れた。この男は、万引きが立派な窃盗罪であることを認識していなかった。秀一が、パトカーのサイレンを聞いた空き巣のような表情で、現場から視線を逃走させる。


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