2-17
「授業中、生物室が騒がしかったみてぇだが、何か愉快なイベントでもあったのか?」
昼休み。空になった弁当箱を包み直していると、秀一が、食後の缶コーヒーを飲みながら尋ねてきた。当時の有様が頭の中に満ち満ちて、仁は、除湿するように言葉を吐く。
「滝川が自殺未遂をした……それだけだ」
「大方あのハブのホルマリン漬けを、ハブ酒と勘違いして飲み干そうとしただとか、そんな不愉快極まるイベントだろう?」
お前知ってたんじゃねぇのか? 仁は眉根を寄せて、そこに肯定の意を滲ませた。しかしながら秀一の顔は、パチンコで大当たりしたようにではなく、パチンコでぶち当てられたように歪んでいた。余程悠のことが嫌いらしい。
「俺も物理を選択すればよかったよ……」
「頭の固い仁ちゃんには、物理はちょいと難いと思うぜぇ」
「物理の方が、がっちがちに固いイメージだろうが」
「理系の時点で堅物だろぉ」
「それなら俺とお前は同類だ」
「だったら明日から文系に移ろうぜぇ。仲良く教え合おうや、なぁ親友ぅ」
「………………」
他人どころか架空の人物である主人公の気持ちなど、考えたくもない仁は、物言わぬ貝となった。それでも、これ見よがしに文庫本を取り出し読み始めた秀一に、口角を痙攣させずにはいられなかった。タイトル『人間失格』。グラサンを、瓶底に代えろやインテリ野郎……。大変癪に障ったので、大変な意地悪を言ってやることにした。
「しかし秀一、お前意外と理解があるんだな――嫌いで嫌いで仕方がない、滝川悠に対してよ」
効果は抜群だった――スピリタスをラッパ飲みしたかのように、その顔色が、一気にぼわりと燃え上がる。手中のスチール缶が、コーヒーを吐いて拉げて折れる。
「馬鹿にしてんのか馬鹿。あんな変人なんざ誰が理解するか。馬鹿言ってんじゃねぇぞ馬鹿野郎」
そして秀一は、カメムシを噛んだような顔で、ニコレットガムを噛み始める。仁はにやりとほくそ笑む。弁当を食べ終えてしまったことが悔やまれた。




