表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
51/148

2-14

 12月13日。加護江市最大のホームセンターであるハピネスには、今日もまた、多くの人々が訪れていた。平日の昼下がりのこの時分、その客層は日用雑貨を買い求める主婦が主なのだが、ここ最近は、学生と思われる客の姿が、ちらほら目につくようになってきた。彼等が、ペイントボマー事件の影響で臨時休校の措置をとっている、そこここの学校の生徒であることは、想像するに易かった。

「ねぇねぇ、あれあれ」

「どれどれ? ああ、あれねあれ」

「キモいよね。何で生きてられるわけ?」

「生理的に無理だよね。何で死んでくれないわけ?」

 背後の、中学生ぐらいの少女が二人、そんなことを囁いている。囁いていると言っても、聞こえないようにしているわけではなく、必要最低限の音量を守り、悪意を耳にお届けする。うるせえんだよ――クソガキめ! 望月辰夫(もちづきたつお)は、シャンプーの詰め替えパックを段ボール箱から商品棚へと陳列しつつ、小さく小さく舌打ちした。きゃあきゃあと、わざとらしくかわいい悲鳴を発し、軽やかに逃走する少女達。ざまあみろ、大人をナメるな、クソガキめ。鼻息を荒くし、空になった段ボール箱を潰して見せる。しかしなぜだろう、胸には敗北感が残っている。唐揚げに許可なくレモンを搾られたうえ、その汁が目にも沁みたかのように。それでも望月は、マヨで唐揚げを埋め尽くす。ふざけんな、男は見た目じゃねえんだ、クソガキめ。やはり鼻息を荒くし、段ボール箱を折り畳む。

『男は見た目じゃない』。よく聞く宣伝文句だが、それは外見も中身も、少なくとも中身だけは、よろしい男が言うべき言葉だろう。判断していただきたい。望月辰夫というこの男に、その言葉が、その言論が、自由にされていいものか。その頭は、髪は生えてはいるがまばらであり、その毛根もまた弱々しそうで、『生えている』というよりは『付着している』と言った方がしっくりくる、重油に汚れた磯の岩を彷彿とさせるハゲ頭。その顔は、被り物をしているのかと思えるほど豚にそっくりだが、そこに親しみのある愛嬌は全くなく、むしろ忌避したくなるような陰湿さが窺え、これが貯金箱だったのなら、一円も入れずに即時スレッジハンマーで破砕したくなるようなファグリーフェイス。その身体は、どこもかしこも肥えに肥えた、特にパンパンに膨れ上がった燃えるゴミの袋みたいな腹が目につく、メタボリックシンドロームを大きく盛って(えが)いたような肥満体型。彼の外見は、さながら隕石とかきのこ雲のような、カタストロフィーのシンボルとどっこいだ。では、肝心要の中身の方はどうだろう――しかしながらそのように、掬い上げるべき性格を探してみても、きっと救いは見つからない。根っから腐り切っている人間はいないと思うが、根が腐り切った人間というものは、往々にしているものだ。

「見た目じゃない、見た目じゃない、見た目じゃない――」

 見たまんまじゃない。望月は、荒ぶる鼻息で黒縁眼鏡のレンズを曇らせて、世界に呪いをかけながら、その実、自分自身に呪いをかけながら、畳んだ段ボールの束を小脇に抱えて立ち上がる。すると天井のスピーカーが、内線放送の開始を告げるチャイムを響かせた。嫌な予感がした――

『望月さん望月さん、バックヤードまで至急お願いします』

 天井を駆け巡る、店長の声――

 嫌な予感しか……しなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ