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BLACK RING  作者: 墨川螢
第1章 ペイントボマー事件
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1-4

 テーブル正面にある壁掛けテレビが――視聴者の囀りそのものであるかのようなチャイムを発し、ニュース速報の開始を告げた。

『先程午後8時頃、東京都新宿区の真白(ましろ)出版社で、爆発が起きた模様です。詳しいことはまだわかっていませんが、先日10月28日にも、同区のキャバクラで爆発が起きていることから、事故以外の可能性もあるとのことです』

 ニュースキャスターが外連味たっぷりに伝えると、すぐさま画面は、もうもうと黒煙を上げるビルを映し出す。店内が、にわかに騒がしくなる。ジャズの調べが、遠くなる。

 仁も、先日起きたキャバクラにおける爆発騒ぎは知っていた。数日の間に二回も爆発が起きるだなんて、いつから新宿はバグダードになったのか。電車で1時間の紛争地帯だが、野次馬根性は湧いてこない。爆発するのは、芸術だけで十分だ。テレビ画面は、ニュース速報が終わり、それまで放送されていたジャズの特集番組も終わり、子供の水かけ遊びにも似たバラエティー番組を映し出していた。しかし周囲の客は、明日には死んでいそうな芸人などにではなく、明日にこそ生きる話題に夢中だった。

 何を騒いでいるんだと、仁はしみじみそう思う。自動販売機なんて物を置ける程、日本は治安の良い国だ。国の治安が良ければ、都市の治安も良いものだ。健康な身体が、健康な臓器によって作られるようにして。

 仁は、席を立つ。

 どうにかなるだろう――そんな思いで、想いもせず。


 夜の駅、ロータリーに面した広場にひしめくルーチンワークのマリオネット達は、空から垂らされ頭に繫がれたその糸を、今日もまた、断ち切ることができずにいる。タクシーの運転手はかったるそうに客を待ち、改札に通じるエスカレーターから流れ出てきた学生やサラリーマンも、平らなタイルの上に視線を引き摺り家路に就く。その糸を断ち切るどころか、見ることができる人間さえも、ごくごく一握りどころか一摘みで、摘まみ上げられることのなかった多くの人生は、いつまでも待っても劇的になるはずもない。そんなことを思う仁もまた、食指が向けられることのない、所謂大衆的な人間の一人であった。それでも、心のどこかでは、大河ドラマのような人生の開幕を、今か今かと待ち望んでいた。ただただ待って、望んでいた――波風の立たない大河に映り、その流れに紛れた雲のようにして。しかし今この時は、バス停へと続く列の中、いち早く帰宅しベッドに潜り込むのだと、水溜りみたいな今日という日の終幕を、ただただ待ち望んでいた。そしていつものように、望み甲斐もなく、時間通りにバスがやって来る。扉が開き、幾人かの乗客がバスを降りる。続いて、乗車を待っていた人々の列が、車内へと進み始める。仁もまた、その流れの泡沫となり、スニーカーを前へと押し出した。しかし、自我なき歩みは、その前にあった他人の足を、躊躇うことなく踏み付けた。


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