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「相沢さん――ここ最近加護江市で起きている、通り魔事件をご存じですか?」
仁はお冷を一口飲む。腹に流れ込んだ冷感が浸透し、心身がともに引き締まる。
「噂程度にはな。何でも、七日から昨日までの間に一日一人、合計五人の男が、背後から鈍器のようなもので一撃され、意識不明にさせられてるって事件だろう?」
「その通り、と言いたいところですが、その情報はもう古いですね――凶器は木刀、被害者もただの男ではなく、反省の色がない元殺人犯だったり麻薬常習者だったりと、いずれも加護江市で札付きの悪と呼ばれている連中です。最も軽傷だった三人目の被害者が昼頃に意識を取り戻しましてね。女子中学生探偵を装って色々と聞いてきました」
その情報には、更に付け加えておくべきことがある。三人目の被害者は馬鹿である、と。しかしながら、理奈の報告を聞き終えると、仁は名探偵よろしく顎を撫でた。そうか、そういうことか、それならば――
襲われた被害者は、加護江市公認の悪人ばかり。そこから解る犯人像は、正義の味方気取りと言ったところだろうか。そういう奴に限って、死のノートを拾ったら、『新世界の神になる』とか言い出すのだ。冗談はさておき、世界ということはさすがにないだろうが、きっとその目的は、この加護江市を、悪人のいない理想郷にするなんてところだろう。いつぞや誰かが言っていた、いや、いつも誰かが言っていることだろう。人間は、十人十色に他ならない。にもかかわらず、そんないつ終わるともわからないカラフルなオセロゲームに挑む奴の色なんて、個人的にはどうでもいい。ただ、今の加護江市のカラーは気に入らない。至極善良に見える市民でさえ、一挙手一投足を遅延させ、独善的な法書に書かれた見ず知らずの規範を、相手の顔に推し量る。そんな、暗鬼と暗鬼のつつき合いが気に入らない。確かに悪人はいなくなるかもしれない。しかしそこは、理想郷には程遠い。ただでさえ、過剰なまでに大人しくしていたとしても、鬼を欺けると見られてしまう身の上だ。そんなムーブメントは歓迎できない。正義だの悪だの、そんな高尚な視点で見るから大きく見える。犯人は、ただ気取りたいだけなのだ。風呂敷をマント代わりにしながらも、棒切れを振り回して公園の砂場を占拠しちゃう、そんなガキ大将とどっこいだ。切に思う。飴玉やるからクソして寝ろ。
仁は、クソガキの首から下を砂場に埋め、目隠しのないスイカ割りに興じるべく、傍らに落ちていた棒切れを手に取った。しかし、勢いよく振り上げたその棒切れが、振り下ろされることはない。先端が快晴の空に引っ掛かっているかのように、うんとこどっこいを繰り返すも、うんともすんとも応じない。そしてその気勢は、みるみる頭上の白日に吸われて行く。翳した棒を這い上がり、その整えられた先端から抜けて行く。そして彼は、白光の中に見出した。そこに佇む一本の棒の黒影が、一本の木刀であることを――
ちょっと待て……
凶器は木刀……そして犯人は……正義の味方を気取っている……
「顔こそ見えなかったそうですが、犯人はダッフルコートの下に――平馬高校の制服を着ていたそうです。黒い黒い、セーラー服を」
理奈が続ける。
己が影がのしかかる、足元に埋もれたクソガキは――
「大の男を一撃で沈める、それも一切の気配を感じさせることなく背後から。凶器が木刀であることから、犯人は、剣術の心得があるとも思われます。標的を悪人に限定していることは、その強すぎる正義感ゆえのことでしょうか。そして、平馬高校の女子生徒。以上3点から浮かび上がる人物が1人います。相沢さん――心の準備はいいですか?」
やけに愛おしい顔で――
「犯人は、通り魔は――山野井千尋さんである可能性が高いです」
こちらを――忌々し気に睨め上げる。




