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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
43/148

2-6

「この前も言っただろう。この会議を目撃されると、俺にもお前にもデメリットしかない。橘、お前は元芸能人であっても、現役有名人なんだぞ。少しは周りの眼を気にしろよ」

「では、相沢さんのデメリットとは何でしょう?」

「そんなこと、わざわざ言わなくてもわかるだろう。端から見れば、会議がデートに見えちまう、俺とお前が仲良し小好しに見えちまう。有象無象ならともかくも、千尋に勘違いされた日にゃ、もうデメリットしかねぇんだよ」

 仁は前回の会議のテーブルで、ブラックリングに賭けた恋愛成就の夢を広げていた。自分のそれについてはプライバシーだと黙秘した癖に、『お菓子の家に住んでみたい。そんな素敵な夢ですね』と、彼女が浮かべた含みのある微笑みは、ムカつく記憶に新しい。頭にかかる蜘蛛の巣を払うように(かぶり)を振り、仁は矢継ぎ早に続けた。

「大体お前、焼き肉を食いに行ったときに、言ってたじゃないか。自分があの店の常連をやっているのは、プライベートを口外されないからだと。だから余計なことを気にせず食事ができるんだと。言ってることとやってることが矛盾してるじゃないか」

「してませんよ」

 理奈は、臆面もなく言い切った。

「気にはしますが危惧はしません。プライベートで演じるのは、趣味じゃありませんので」

 眉ひとつ動かさない。動いているのは、小エビのカルテルサラダを味わう口だけだ。

 仁は頭を掻く。プライベートで演じなかったから、芸能界を追い出されるハメになったんだろうに……。恋人との夜のデートをすっぱ抜かれた彼女が、妄想を崇拝してやまない信者共に、襲撃されなかったのが不思議でならない。しかし、まぁ――

「あの、すみません……もしかして、橘理奈さんですか?」

「あ、はい、そうですけど」

「わぁ! やっぱり本物だ! ええと、その……サイン、いただいてもいいですか?」

「はい、喜んで」

 こういうプライベートを、演じることもなく持てるところが、消えてもなお燦然と光を届ける、女優界の星たる所以なんだろうな。突如現れたファンが差し出した手帳に、嫌な顔ひとつせず、むしろ本当に嬉しそうに、彼女はボールペンを走らせる。そんな橘理奈を見て、途端に仁は、追及をする意志を浚われた。

 浮いていたテーブルが沈み、尻も椅子に馴染んだ頃、オーダーコールのボタンを押した。店員がやって来て、注文を尋ねる。理奈が、これが美味しいあれが美味しいとやかましかったが、シーフードドリアとだけ言い告げた。理奈は皿を片付ける店員を手伝っていたが、そんな事情は打ち捨てて――仁はすっぱりと切り出した。

「今日こそ収穫はあったんだろうな?」

 店員が業務を全うし去るのを待ってから、理奈はその口をゆっくりと開いた。

「デザートきてからでいいですか?」

 ぶん殴ろうかと思った。

 理奈の通う加護江中学校は、爆破被害を受けたペイントボマー事件以降、生徒の精神ケアや校舎のリペアのため、加えて、犯人が未だ捕まっていないことから生徒の安全を憂慮して、当面の臨時休校を決めており、理奈の見解では、このまま冬休みに入るのではないかということだった。仁の通う平馬高校は、街が爆破されたにもかかわらず、平常通り授業が行われている。授業なんかクソ食らえと中指を突っ立てて、ブラックリングの収集に時間を回したいところだったが、冷静になって考えてみれば、夢を叶え、千尋と両想いになって、彼女似の二人の娘のパパになるのなら、そこそこの企業に就職する必要があるだろう。そのためには、やはりそこそこの大学に行く必要があり、故に勉学を疎かにするわけにはいかない。そういうわけで、気持ち悪いわけで、仁は自由の身の上の理奈に、リング所有者の探索を任せていた。あわよくば、そのリングの奪取をも。この会議は、無論その成果を報告する席であり、これからの動きを決定する席でもある。現状、理奈がまず成果を上げなければ進展はない。もうすぐクリスマスイブだというのに、一体どれだけ時間を食っているのか。お前のドカ食いと違うんだぞ。仁の指が、固いテーブルをノックする。

 そんな彼の様子に、料理を持ってきた店員は誤解をしたらしく、「お待たせして申し訳ありませんっ!」と、料理を置くなり、泡とキノコを食ったかのように、ダッシュでもって逃げ去った。強面の、日常だった。しかしながら、慣れるはずもなく、仁はがっくり肩をおっことす。

「元気出してください。もりもり食べれば、もりもり元気も出るというものです」

 ものの数秒でジェラートを食べ終えた理奈が、ティラミスを皿ごと差し出してきた。仁はそれを無視し、自分のドリアを一口食べると、

「笑わせるな。子供じゃあるまいし」

「子供じゃないですか」

「中2のお前に言われたくない。そもそもお前は食い過ぎなんだよ。デザートだけで一体どれだけ頼んでるんだ」

「ページの3分の1も頼んでいません。まだまだゴールは先ですよ」

「もしかしてデザートメニューの全てを食べる気か!? 腹ん中おかしいんじゃねぇのかお前! もうバリウム飲んでレントゲン検査でもしてもらえ!」

「ああ、バリウムも美味しいですね。ストロベリー味が特に。メニューにありませんかね」

「飯屋に頼むな! 医者に頼め! それにそれは食い物じゃねえ!」

「そう怒鳴らないでください。収穫、ありましたよ」

「怒鳴りたくもなる。お前は俺に仕える身の上だ。だったら真面目に――は? 収穫?」

「不作とは、言ってません」

 だったらデザート食う前に伝えろよ……。

 理奈は、とっくに自分の方に引っ込めていたティラミスを、一口のもとに消し去った。


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