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5日後の、12月12日。仁は、ホームルームが終わると、秀一の相手もそこそこに、平馬高校をあとにした。高校前でバスに乗り、家の方角とは反対の、いつもは喫茶店扱いにしている最寄り駅へと向かう。車窓から見える夜の街。来る聖夜というイベントを盛り上げるための七色の明かりが、しつこいまでに瞳を啄む。冬特有の葬式調の色彩をした日中よりも、却ってこうして暗鬱な気分にさせられるのは、太い神経をブラックジャックみたいに振り回す、数の暴力のせいに他ならない。大きな靴下を抱いた少年が、隣の母親と笑い合っている。クリスマスの朝、ボコボコにされた少年の死体が靴下にぶち込まれていたとしたら、あの母親は涙を落してくれるだろうか。そんなことをふわりふわりと考えていると、バスが駅のロータリーに到着した。バスを降りた途端、案の定北風が吹き付けて、露出した指先は千切れんばかりに悴み、鼻の奥が金属の棒で突かれたように痛んだ。顔どころか身体そのものを俯けて、ミリタリージャケットのポケットに手を突っ込む。そんな亡命者の体でもって国道へと向かう。高校を出るときに届いたメールを思い出す。待ち人は、既にやって来ているらしかった。足取りを緩めることなく、半ば突っ込むようにして、国道沿いのイタリアン・ファミリーレストランに入店した。
カウベルが鳴り響くと、その調べを踏み倒す勢いでもって、サイみたいな顔をした店員が駆けて来た。仁はツレが来ていることを告げ、『Bianco Natale』(待ち人曰く、イタリア語で『ホワイトクリスマス』)が流れる店内にガンをつける。メールには、窓際の奥まったテーブルだとあったのだが……
「ああ、すみません、いましたいました……」
職務質問をやり過ごした指名手配犯のように、顔を俯けそそくさと、仁はレジの前から逃亡した。テーブルの位置など知らなくとも、すぐに所在は知れただろう。ドカリと尻を落とした席のテーブルには――皿のヒマラヤ山脈が聳えていた。顔が熱い。羞恥か憤怒か、両方だ。
「目立つなと……言っておいたはずだよな」
黙々とフォークにスパゲティを巻きつけ、もぐもぐと食す彼女。旺盛に収縮を繰り返す首には、太めのボールチェーンでもって、ヴィヴィアン・ウエストウッドのプレミア付きライターがぶら下がり、腹部の辺りで、黄金色の光を揺らせている。その口元を艶めかせているほくろを、仁は撃ち抜くように睨みつける。すると彼女は澄ました様子で、自身の頭をフォークでもって指して見せた。
「帽子、きちんと被って来てますよ」
「帽子で防止できてねえんだよ……」
「うまいですね」
「ほざけ」
「このペペロンチーノが」
「ベタベタ過ぎんだろうが!」
「そんなことはありません。しっかり乳化されています」
「ペペロンチーノから離れろやっ!」
目深に被ったパンクな軍帽が無用の長物であることを、やっとこさわかってくれたのか、彼女がその庇をぴんと爪弾く。軍帽はスタッズやチェーンを煌めかせながら宙を舞い、そして手中に収まった。隠れていたサイドテールが、ふわりと垂れる。無駄にクールなモーションで晒されたその素顔――誰もが知る名女優・橘理奈が、そこにいた。店内の幾人かが彼女の存在を発見し、さざめきのボリュームがアップする。「真面目に言ってるんだぞ……」仁は、ポーカーフェイスというドヤ顔を浮かべている理奈に、身を乗り出して囁いた。




