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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
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2-2

 12月――白けた士気が滲む吐息や、薙刀の如く振り払われる北風で、冬将軍の猛威を思い知る。相沢仁は、机に頬杖をつき、冷凍マグロみたいな目を、黒板の方へと投げていた。平馬高校は私立高校である。にもかかわらず、今日日教室で暖をとるのに、石油ストーブとはいかがなものなのか。理事長のレトロ趣味だか何だか知らないが、最も後ろ側で最も窓側の、場末とも言える席に座る運命を引いてしまった身の上の、荒ぶ気持ちもどうか察していただきたい。意識して噛み締めなければ、今にも歯が鳴りそうだった。そうなれば最期、衝撃の伝わったこの肉体は、さながら薄氷の如く崩壊するだろう。ストーブの上、水を張った金盥から立ち昇る湯気の中に、自身の魂を見出した。

 そんな彼を嘲笑うようにして、その肩を軽々しく叩く者がいた。当然砕けやしなかった首を不承不承巡らすと、極悪な悪友・岡島秀一が、サングラスの奥の目を、それでもアイスピックのように細めていた。ろくな予感が、しなかった。

「短いとはいえせっかくの休み時間、何シケた面してんだよぉ。例によって例の如く、何か悩みでもあんのかぁ?」

 机にどかりと座って来た秀一に、仁はその極道(ヅラ)を突き付ける。いんちき占い師め、バーナム効果なら無効だぞ。しかし追い返そうとした端に、鼻に指をぴたりと突き付けられ、瞳をさながら水晶玉みたいに覗き込まれた。

「当ててやらぁ。どうせクリスマスイブのことだろう。左隣の寒さに聖夜を邪視する。モテない野郎のテンプレ過ぎて、思わず抱き締めてやりたくなるぜぇ」

「モダンな暖房器具があれば万事解決だ。そもそもお前なんかに抱かれるくらいなら、ぬいぐるみでも抱いてた方が万倍マシだ」

「そんないかつい顔で悍ましい冗談を吐くんじゃねぇよ、寒疣が立ちまくる。ぬいぐるみなんかうっちゃっとけよ。抱くんなら、最愛のユアハニーにしてみろや。イエス様の誕生なんかじゃねえんだよ。祝われるのは、アダムとイブの誕生さ。少なくとも、日本のガキ共のクリスマスイブはそうだろう。特に俺達ゃ未成年。ガキらしくいこうぜ、なぁ親友」

 産みの苦労を知らないボーイの大言に、仁はぷいとそっぽを向く。そして皮肉を喉の奥で掻き混ぜる。お前はいいな、たとえばそう、指輪一つだけで苦労もなく、聖夜を楽しく迎えられるんだからよ……。しかしそれは、痰のように固く喉に絡まり付き、結局呼吸を困難にするばかり――

 5つ全てを集めれば、夢を叶えてくれるという異界の指輪――ブラックリング。仁は、初恋の幼馴染・山野井千尋と、相思相愛の絆を繋いでみたかった。そして今は、そんな彼女と手を繋ぎ、聖夜を飛び越えてみたかった。人の夢は転がり出せば大きくなる、そんな雪達磨のようなもの。ゲレンデのようなこの季節、それは尚更のことだった。

 しかし現在リングの収集は――あまりにも急な上り坂の只中だった。加護江市在住ということ以外、リング所有者を特定するための情報はない。聖夜までに、全てのリングを手中にする。ペイントボマーこと橘理奈に勝利し、そして手中にした二つ目のリングにそのように誓った彼だったが、眼前に未だ壁のように立ち塞がる雪の坂道に、拳を突き立てんばかりの焦燥を覚えていた。こんなにも身体が冷えるのも、時代錯誤な暖房器具のせいだけでは決してない。坂の上より吹き下ろされる吹雪は、やがて焦燥の熱さえ奪うだろう。


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