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BLACK RING  作者: 墨川螢
第1章 ペイントボマー事件
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1-36

 栄睦化成工業株式会社の廃墟だった荒野から、タクシーで加護江市を離れて小一時間。橘理奈は、シャッターの下りた惣菜屋の屋外ベンチに腰を掛け、焼き鳥を頬張っていた。耳には――スライド式の携帯電話。

「ええ、恙なく、プランは完了しました――」

 人通りが皆無の街路。砕ける夜雨を透かしたその声が、飾りタイルに突き立った。

「きちんと演じて、わざと負けました。その後も――あなたの書いたシナリオ通りです。相沢仁さんは、橘理奈という配下を欲し、脅迫という交渉を()ちました。そうです、やはりわざわざ口車に乗せる必要はありませんでしたね。今どきの若者らしく、人と馴れ合うことを億劫だと思う反面、結局はその関係に依存し捨て切れない。誤って渋柿を齧ったときに感じるような、そんな違和感を覚えるタイプの人でした。それはさておき、その後はとんとんでしたね。私は相沢さんの配下となり、残ったリングの収集をサポートする運びとなりました。いえいえ別に、私のプライドなんて。お弁当の割り箸に同梱されている爪楊枝で、指をつついたぐらいのものですから」

 電話の相手は、こちらの謙遜を聞くと、下卑た声を響かせた。嫌な笑い方だと、理奈は思う。ナメにナメきって、デロデロにとろかすような、そんな笑い方。敵は作らない主義だと言っていたが、それは得意の嘘らしい。『ウザい……』そんな生理的な文句を、塩つくねでもって押し戻す。それでいて、相手は慎重でもあった。その念入りな念押しに、自動音声のような応対を発してやる「勿論、承知しています――」

「相沢さんを導き、残り二つのリングを奪取。後に彼を抹殺し、リングを回収。私のリングと合わせ、合計四つのリングをあなたに献上する。きちんと覚えていますよ。ドラマの長台詞を覚える方が骨なものです。はい、抜かりなく。随時、連絡はお入れします」

 満足そうに、相手が肯定する。労いの言葉まで付け合わせ。

「構いませんよ。私の夢は、あなたの夢で達成される――小は大に兼ねられる。リングを集める必要は、もう私にはありませんから。では、せっかくの焼き鳥が冷めてしまいますので」

 そう伝え、通話を切った。

 理奈は、鶏肉を咀嚼し、飲み下す。

 獲物は――かかった。

 合計16箇所の爆破地点を結んでできる、大小2つの同心円。それは加護江総合病院を狙ったターゲットマークである。そのようにあの人は推理した――かわいいあの人は推理した。

 はい――残念ながら不正解。先入観に囚われず、曲がった線で結ばなければ、きっと別のものが見えたはず――

 大小2つの同心の、正八角形が見えたはず――

 リング所有者を狙った――蜘蛛の巣こそが見えたはず。

 獲物はかかった――女郎蜘蛛が待ち構える罠の只中に、何の警戒もなく、おめおめと。

 かわいいかわいいあの人――相沢仁。

 頭上、ベンチに備え付けられたパラソルを、やまない雨が打ち叩く。

 傘は、持ってきていない――必要ない。

 理奈は、真っ直ぐ前を見つめたまま、口角の塩胡椒を舐めとった。


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