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加護江市の爆発事件から2日後の、金曜日の朝。相沢仁は、馬よりも入れ込んだジョッキーのような面をして、猛然とマウンテンバイクを漕いでいた。かと言って、愛しの幼馴染と大人のお医者さんごっこに興じる夢に夢中になり、後ろ髪を引かれた挙句、寝坊したというわけではなく、故に勿論、遅刻ギリギリで教室に滑り込もうというわけでもない。始業時刻は、とっくのとうに過ぎている。何より彼は、私服姿である。詰まるところ、学校をサボった彼は、代わりにとある場所へと向かっていた。
加護江総合病院――
今や世間を騒がす爆弾魔・ペイントボマーが――爆破予告を出した場所だった。
その手口から考えて、ペイントボマーは――ブラックリングの所有者である可能性が高い。そのように仁は考えた。あんなファンタスティックな爆弾を、普通の人間がおいそれと持てるはずがない。『十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない』なんて、よくぞ言ってくれたものである。そんなものを作り出すことができる人間がいるならば、そいつは頭の中に、白光の大宇宙を広げている、たとえばそう、マッドサイエンティストに違いない。普通の人間が、普通じゃない人間になるのなら、普通じゃない力が必要だ――あの異界の指輪、ブラックリングの力が必要だ。理不尽な暴力に対して、揉み手することしかできなかった自分が、伝説の極道であった前世を思い出し、喜び勇んで、拳を振るうようになったようにして。いやいや待て待てちょっと待て、普通じゃない人間が、普通じゃない爆弾魔になっただけじゃないのか? もし彼が彼でなく、何処かの誰彼だったのなら、きっとこのように、自分で自分に反論しただろう。しかし彼は、相沢仁は、そんな反論の余地を持っていなかった。なぜならば――ペイントボマーの正体に、全く以て心当たりがなかったわけではないのだから。その人物が、マッドサイエンティストになることなど、この世界の理屈では説明のできないことだった。
だがしかし――証拠がなかった。そいつの家は調べればわかるだろうが、訪ねていっても白を切られるに決まっている。だからと言って、それこそやくざよろしく拐かして、拷問するというわけにもいかないだろう。だったら尾行はどうだろう。だめだ、次の犯行を行う確証がどこにある。脳みそを絞りに絞ったが、ゴールデンドロップは落ちてこない。自室で椅子にふんぞり返り、ダーツを放ってみたものの、的には掠りもせず、床の上に転がった。仁は落胆し、ただぼんやりと、的の中心に、その視線を吸わせるばかり。だがしかし、ふいに頭の中に、静かに波紋は広がった――
的…………ターゲット……ターゲットマーク――まさか!
埃を払うような手つきでもって、机の上に、加護江市の地図を広げて見る。報道によれば、2日前の事件において爆破されたそれらの場所は、合計すると16箇所。加護江中学校、歩行者に甘く運転手に厳しい押しボタン式の信号機、去年強盗に入られ6000円を奪われたコンビニエンスストア、高速道路を跨ぐ橋――地図上のその場所その場所に、オレンジ色の蛍光ペンで点を打つ。そして、点と点を結んでいく。大きな円と小さな円、直径5.2キロと2.6キロの同心円―
地図上に――ターゲットマークが描かれていた。
そして、マークの中心、すなわちそのターゲットは――
加護江総合病院――そこだった。




