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加護江中学校は、悠の家から歩いてもさほど時間のかからない場所にあるが、秀一曰く、事態は急を要するらしい。仁達三人は、そんな短い距離を駆け足でもって移動する。街中は、金色の火の粉に嗤われながらも、ただ、騒然とするしかなかった。往来の人々は、手近な者同士で身を寄せ合って囀り、流れの止まった車道では、運転手が窓から首を突き出している。彼等が見上げる空を、仁も見上げる――
黒煙に汚された夕焼け空は――さながら戦火のようだった。
「おいおい、こりゃあどういうこった?」
加護江中学校の校門前。先頭を走っていた秀一が立ち止まり、そんな言葉を打ち上げた。
「うおう! 時計がないよっ!」
中学生の頃、文化祭を楽しむために、仁は加護江中学校を訪れたことがあった。しかし、ハイテンションの悠が言うように、今ここに、平和な頃の面影は存在しない。校舎の時計が吹き飛び、代わりに大きな穴が開き、暗黒の猛煙が空高く立ち昇っている。世界貿易センタービルを思い出す。映画のロケだよな……と、思わず仁は唾を飲む。すると、火の雨が降り注ぎ、その頬を焼いた。非常ベルが、罵倒するように鳴り響く。
「秀一――っ!」
そんな一声が、周囲の雑音を斬り捨てた。名前を呼ばれた秀一はもちろん、仁も悠も、その方向へと視線を投げる。
校舎前に広がる校庭。そこには、爆破された校舎から避難して来た教師や生徒が、大きな群れをなしていた。しかしながら、避難訓練に従い整然と列をつくっているわけではなく、それこそ狼を恐れる羊の群れのように、ある一点を中心にした輪をつくっていた。その輪の中心に――一人の女子生徒が立っていた。
「お願いっ! 助けてっ!」
その少女は、再び叫んだ。振り乱されるウェーブのかかったミルクティーベージュの髪は、煤に汚れ、陰毛の様相を呈している。それでもそこから垣間見える顔は、降りしきる焔の色に映え渡り、珠のような汗と食らい付かんばかりの目と口を見せ付けて、さながら欲情した性器を思わせる。SOSの電話の主も、きっとこの少女だろう。秀一を先頭に三人で、校庭に駆け込み、人の輪を割り、渦の中へと身を投じる。
「よぉよぉ女王様ぁ。随分急なお誘いだったなぁ。この炎の雨で日照っちまったかぁ?」
「ふざけないで――っ!」
いつもの調子で声をかけた秀一に、少女は煽られた炎のように激昂した。そして、焦りによって絡まる指で、ブレザーそしてブラウスと、次々ボタンを外していく。衣服がはだけ、腹部が露わになる。しかしてそこには――
「早くしないと! 私死んじゃう――っ!!」
同心円のマーク――オレンジ色の、カーリングのハウスを彷彿とさせる、そんな同心円のマークが描かれていた。
ボディペインティングだろうか。仁は、少女のアバンギャルドな腹を凝視する。それならば蛍光塗料だろうか。だとしたら随分と技術は進歩したもので、そのオレンジ色のマークは、この燃える夕焼けの中にあっても、燦然たる光を放っていた。しかしそれは、夜を勃たせるネオンがおしゃまな夕陽を追い散らすかのような、どこか惨然たる光でもあった。それにしてもと、仁は思う。それにしてもこの少女、中学生の癖に、随分くびれたウエストをしているな。そんな劣情を抱き、鼻の下を垂れ下げる。しかしそのふやけた目は、瞬く間に硬直した。違う――やはりただ物ではない。『ピッ』という音が鳴り、同心円の中心に、『60』の数字が浮かび出た。それだけではない。それは文字通り、瞬く間に過去となる。『ピッピッピッ』と、電子音じみた音が、怠ることなく告知する。『59』『58』『57』……。それは、カウントダウンに他ならない。大晦日の夜空を思い描いたのは一瞬間のこと。そんな綺麗な物じゃない。少女は言った、『死んじゃう』と。仁は、思わず顎を搗ち上げる――
煙を噴く校舎――
顎から汗が、滴り落ちる――
そんな花火は――綺麗じゃない。




