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「さっさと本題に入っぞ。善は急げらしいからな。もうここで仕舞いにして、ついでにバッグにしまっとけ」
それを待っていたかのように、秀一が宣言した。悠に注がせたコーラを一気に飲み干すと、ちゃぶ台に、進路希望調査の用紙を、叩き付けるように広げて見せる。悠が、生まれて初めて芋虫を見るヒヨコみたいに首を傾げている。インターホン越しのやり取りを忘れていやがる。仁はしぶしぶ説明してやった。理解するまでにカップ麺三つ分の時間がかかったが、どうやらなんとか飲み込んでくれたようで、悠は、その辺に転がっていた鉛筆(しかも尻の方が折れている……)を掴むと、丸い筆先を、用紙の上にスキップさせた。ややあってその丸い鼻が、暑苦しい息を吹き下ろす。仁と秀一は、用紙をしげしげと覗き込む。
「第一希望……『小二科医』?」
「もう死ねや……」
「へあ? 何かな? 変かな?」
「ああ、気にすんな。大体合ってっからよ」
さすがの秀一も付き合いきれなくなったのか、ぞんざいなる返事をする。しかし悠は、空気が読めないのか読まないのか、ヤジロベエみたいに頭を左右に振りながら、彼のパーソナルスペースに突撃する。今度はダブルでは済まされない、しかもきっと、ストレベリーソースのおまけつきだ……。
「意外だな。お前が小児科医になりたいだなんて」
虐待死事件を未然に防ぐため、仁は悠に水を向けた。
「えへ~。悠はブラックジャックになるんだよ」
真っ平らな胸を反る悠。彼は外科医だ、それも無免許だ。突っ込みかける仁だったが、『余計なことを言うんじゃねぇ』と秀一に睨まれて、口を瞬時に縫合した。
「医者になりてぇ奴が赤点なんざとるか、馬~鹿」
「うっ! でもでも、赤って美味しそうだよ。イチゴみたいで甘そうだよ」
「血は鉄の味がするってな」
「リ、リンゴも甘いよ!」
「ハバネロは好きか? ああん?」
拳こそ振るわなかったが、舌を振るい、身体ではなく精神をボコる秀一。唇を尖らせ反論していた悠だったが、健闘虚しく、汚い畳に沈んでいった。その後頭部から、ぶつくさぶつくさ言葉が浮かぶ。「勉強駄目、テスト駄目、国語算数理科社会……」そんな、自分を呪う言葉が浮かぶ。どうにかしろ。仁は、秀一の脇腹を肘で小突いた。舌打ちをする秀一。
「まぁ、奮起してその眼鏡が似合うコナンくんになるも良し、とっとと諦めてその眼鏡が似合うのび太くんのままでいるも良し。詰まる所はテメェ次第だ。勝手にしろよ、馬~鹿」
秀一は、口腔の煙もろとも、そんな言葉を吐き捨てた。すると悠は、便座の蓋のようにその顔を搗ち上げた「うん! 悠はすごく頑張るよ!」
「ともあれ滝川、そんなものさっさと書いちゃえよ」
一見すれば落着だ。仁は手を打ち合わせる。家業を継ぐ気もない癖に、第一志望を医学部にしたような男にとって、やはりその紙は『そんなもの』で、こんな用事は、さっさと済ませてしまいたかった。悠は、埋まっていない第二希望と第三希望の欄に、『東大』『風来坊』と書き込んだ。何だそのカオスな組み合わせは……。




