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BLACK RING  作者: 墨川螢
第1章 ペイントボマー事件
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1-16

「昼を食べてすぐに体育か。気が進まないな」

 仁は、怖い顔を、より一層怖くした。食後ということを差し引いても、身体を動かすことは遠慮したかった。彼は運動が嫌いであった。得意であっても、嫌いであった。中学高校と、全運動部からストーキング紛いの勧誘を受けることは常だったが、昔も今も、あんなに汗みずくになってまでトロフィーやメダルを獲得することに、何の魅力も感じることができなかった。それに今日は、筋肉痛まで抱えている。枷は二重。身体は二倍重かった。絶対安静、保健室で安眠するべきだ。しかし、そんな主張を貫く気概はなく、渋々スポーツバッグを担いで席を立つ。だがどうしたわけか、昼食をともにし、放課後の悲運をもともにすることになった悪しき友は、椅子の上で、チーズのようにとろけたままだった。

「ああ、仁ちゃん、俺ぁダリぃからパスさせてもらうぜぇ。汗をかくことなんざ、原始人のやるこったぁ」

「悪かったな、頭でっかちの現代人さんよ」

 そういうわけか……首が折れて死ねばいい。仁は強かに舌を打つ。それでも秀一は、ケケケと笑うそればかり。折れぬなら、折ってやろうか、その首を。

「軍曹によろしくなぁ。さすがの野郎も、生きる暴力の仁ちゃんからお願いされれば、首を縦に振るしかねぇからなぁ」

 それでも首が折れたように頭を落下させたのは、結局仁の方こそだった。勿論その運動は、肯定の現れでは決してない。毎度毎度、こっちの気持ちも知らないで……。そんな愚痴の一つも言いたくなる。現在(いま)は21世紀、にもかかわらず、大日本帝国をこのハイスクールに見出す体育教師に、友人の赤紙拒否を面と向かって報告せねばならぬなど、それこそ特攻精神なしには語れない。しかし、これまで何度特攻を試みても、傷一つつけることなく自分は帰還を果たしたし、体育の成績は変わることなく5であった。他の生徒がそんなことをしたのなら、鉄拳により精神が粛正され、ペンにより成績が修正される。秀一の見解は的を射ている。軍曹は、自分と話すときに眼を逸らし、早口になり、やたらと身体を反り返らせるものだから、色々詰まった腹が出る。やはり彼は日本人――そして日本人はブランド好き。この身をもって知っていた。これ以上深めずとも、十分この身に刻み込まれている。こっちの気持ちも知らないで……。そんな愚痴の一つも、言いたくなる。

「今回きりにしてくれよ……」

 しかし、それでもやはり、そんな気持ちを伝える気概はない。求めたり求められたりする事は、しんどいことに他ならない。仁は、眉間に皺を寄せながらも歩き出す。

 それなのに奴は、パンを食べると瞳が青くなると聞かされたアメリカ人のように、仰々しくその肩を竦めた。

「へいへい、考えておいてやるよぉ。頼りにしてるぜぇ。なぁ、親友ぅ」

 目の前に――火の風が駆け抜けた。

「アメリカ人にも、侘寂の精神というのはわかるらしいな。『友達』という英単語――末尾に含まれた趣を、しみじみと味わうこったな」

 仁は、顔を振り向けて、抑揚のない声で、そう言った――爆心地のモニュメントに刻まれた、碑文のような言葉であった。

 秀一の笑みから、潤いが消える。それでも、無理をして口角を吊り上げようとするものだから、そこから裂傷が駆け上がり、口裂け男になりそうだった。

「仁ちゃんにしちゃ、気の利いた返しじゃねえか――すまねぇ、悪かったよ」

 それでも秀一は、椅子の上からではあるが、余計な文句も混じってはいたが、こちらを仰いで謝罪した。

 仁は、武闘派極道ばりの外見のそのせいで、友達が多い方では決してない。廊下で会った男子は即座に道を開けやがるし、声をかけた女子は開口一番『ごめんなさい』だ。秀一は、あくまで便利な道具を、ちらつかせる懐刀を得るために、こんな男に近付いて来たのだろうが、それを察していながらも、その懐中にあるのも悪くはないと、仁はそのように思っていた。うそ寒い胸中がある限り、懐中が暑苦しくあることはない。故に仮に、彼が悪の異星人によって目の前で木端微塵にされたとしても、金色(こんじき)の怒髪で天を衝いたりはしないだろう。彼という友人が消えたとしても、友人が消えるわけでもない。出会いはきっと転がり込む。どうにかなるさと――仁は思う。

「『END』がこねぇように、仲良くしようぜ」秀一は、そのように言った。

「お前がそう言うなら、仲良くしようぜ」仁は、そのように応答した。

 そして、更衣室へと歩き出す。教室を出る際、ちらりと秀一を振り返ったが、本当に怠いのか、真っ白な灰になったボクサーのように、椅子の上で項垂れていた。これだからモヤシは困る。仁は、仰々しく肩を聳やかす。途端に、忘れていた筋肉痛が、その肩を突き刺した。


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