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「ああ~姦しい姦しい。一人減っても、二十分に姦しい」
出し抜けだった。秀一が、ワインレッドの頭をばりばりと掻きながら、半ば叫ぶようにそう言った。サングラスの奥の瞳は明後日の方を向いていたが、隠す気があるんだかないんだか、それは無差別っぽい差別の口撃だった。当然、集められた教室中の視線の中で、件の六人の視線だけは、ややあっても、こちらに向けられたままとなる。しかしその六対の瞳は、教師さえ手玉に取るインテリヤンキーが相手でも、震えてぶれることなど決してない。この猿山が飼育員によって管理されるものではないことを、より一層深い肌で、日常的に感じ取っているからだ。その責務を果たさんと、管理者の影が、ゆらりと揺れて色濃くなる――小賢しい子猿に、ボス猿がのしりのしりと歩み寄る。
「勘違いだったら謝るけど、私達はそこまでうるさかったかしら? プロのオペラ歌手じゃあるまいし、そこまでの声量があったとは、ちょっとやそっとじゃ思えないのだけど」
千尋は、秀一を睥睨した。机の傍らに立つその姿は、さながら縄文杉のように、静粛かつ厳粛だった。仁は、俯けた横目でもって、奴を睨む。が、次の瞬間には、完全にその目を俯けた――
秀一は、口元にこそ皿の弧を描いていたが――その目は弓のような弧を描き、相手に鏃を向けていた。
「ああ、すまねぇ、わりぃわりぃ。ちょいと重てぇ悩みを聞いてもらってたんでなぁ。ついつい神経も口調も尖っちまったぁ」
「そう。珍しいこともあるものね。聡明で気高いあなたが悩みを聞いてもらうだなんて。余程重い悩みなのね。よかったら力を貸してあげるわよ」
仁の旋毛のその上で、嘘と皮肉が練り合わさる。竹輪が真っ黒焦げに焼き上がる情景で、思うも憚られるド修羅場の情景を、せめて脳内で和らげ挿げ替える。
「そうかそんなら是非是非ともとも聞かせてくれよぉ――平馬高校のテミス様の正義なら、今もこうしてわりぃことをしちまったこの悪を、果たしてどんな風に裁くんだぁ?」
秀一は言った。まぁ、三枚下ろしで極刑だろう……。突っ張り過ぎの友人を、今こそ熱く叱ってやるべき局面だが、それでも仁は、冷たく口を閉ざしていた。燻る炎が燃え盛ることよりも、下手に消火に赴いて、かえって放火魔の片割れと見做される方が怖かった。しかし今、立ち昇っていた黒煙が、そよ風もないのに消え去ると、それはそれで怖かった。慎重に眼球を転がした。腰・胸・首と、俯けていた視線を、彼女の身体に這い上がらせる。そしてその横顔を盗み見る――剣の切っ先を注視する。が、一つ瞬きをした、その文字通りの一瞬間に――
「『この悪』は――『これらの悪』の、言い違い?」
その切っ先は――目と目の間に向けられた。
仁は思わず、息を呑む。頭蓋に轟くその音は、盛りを迎えた炎の叫び。
「人間は、十人十色と言うわよね。けれど、そんな言葉は甘ったれの戯言よ。生まれたままの白か、それともそれを汚す黒か。詰まる所はその二色――生きている限りは、ね」
その目と目を――天秤のような目と目とが、平静の中に見つめている。
「これが最後の警告よ。あなた達が黒のままでいるのなら――真っ赤に真っ赤に塗り潰す。そうなりたくなかったら、私を見返してみなさいよ」
千尋は言った――ボルドーのコルクを噛み抜くような、優雅ながらも勇猛な、そんな口元でもってそう言った。そして、敢えて黒くあるような長髪を、掻き払ってはためかす。それは、その身をもって掲揚された、絶対正義の旗だった。
仁は改めて痛感した。昔の彼女はいないのだと。四六時中、この左腕の陰に隠れていた、そんな彼女などいないのだと。それでも――その左腕が、彼女を求めて止まなかった。




