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そんな自分達は、さながらテーブルクロスのコーヒーの染みだった――
しかし彼女は、染みに見える穴だった――
そんな彼女――山野井千尋は、いつものように、左隣の席で沈黙していた。週の訓練の反省会が行われるこの喫茶店に、決まって彼女はやって来る。そして左隣に座り、沈黙する。自分達と同様に魔獣の死刑宣告を受けたのにもかかわらず、絶倫の武芸という芯を抜き出され、今や独活の大木に成り果てた彼女が、訓練の進捗状況を把握したい気持ちはよくわかる。二世界連合と同様に、相沢仁と橘理奈に、縋り付きたい気持ちはよくわかる。が、その懇願を超えた哀願が、仁にはさながら恐怖であった。どっかりと組まれたその脚と、ドリップコーヒーを啜る時以外には開かれないその唇が、まさに恐怖そのものであった。もう彼女に武芸はないというのに、血の染みに成り果てる我が身を案じてならない。もう彼女は正義でないというのに、未だ彼女に憧れている坊主頭のアルバイト店員が、「お代わり如何ですか?」とやって来る。仁も理奈も、彼の夢を壊してはいけないと、『結構です』を代弁するべく腰を浮かす。しかし彼女は、無視することなく、自分の口でこう告げた――
「死ね――」
場が凍り付いた――
が――
更に皹割れて、粉々になったのは――相沢仁に他ならない。
彼女の瞳は、こちらを見てもいない。それでも彼女の言の葉は、明らかにこちらに向いていた。坊主頭の店員が崩れ落ちる。椅子から飛び降りた理奈が介抱する。店中がわんやわんやと騒ぎ出す。が、全部が全部――世界の外に爪弾かれる。二人きりになった世界の中、思わず仁は、千尋にその逞しい胸を向けていた。それでも千尋のそのふくよかな胸は、そっぽを向いたままだった。
世界の天井に、ごろりと唸りが這い寄った――
「死ねばいい、独りで押っ死ね――甘ったれ」
その脳天に――雷が突き刺さる。強烈なストロボが、瞳から外へと抜けて行く。
なぜだろうか、どうしてだろうか。今仁は、その瞳の前に、昏睡から覚めたベッドの傍らで、父がぐしゃぐしゃの泣き顔で拝んでいた、一枚の写真を見出した。なぜだろうか、どうしてだろうか。その写真の中では、ぐしゃぐしゃの泣き顔の千尋が、こちらを睨み付けていた――
しかし――夢ではなく、現実にある千尋は、やはりこちらに取り合わず、その瞳もまた、明後日の方を向いていた。仁は、吸い込まれるようにして、その横顔の瞳を覗き込む――
そこには――誰でもない、自分自身こそが待っていた。
二人だけの世界は縮まって、やがて一人だけの世界になる――
あまりにも狭い、しかしあまりにも広い、そんな世界にただ一人――
しかし仁は、相沢仁は――
「俺は……俺はお前に――二度とは負けねぇ」
そこにぽつんと、それでもざっくりと――一本の旗を突き立てた。
俺の闘いはこれからだ――
俺の夢はこれからだ――
何もかもが――ここからだと。
その握り締められた拳の中――青葉色の何かが、光ったかもしれない。




