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BLACK RING  作者: 墨川螢
終わりに
146/148

4-2

 快晴の空を抱き上げて、桜薫らす、京都祇園。悠久の厚みを持つ街並みは、交通網が発展した現代(いま)においては尚の事、思わず訪ねてみたくなる、荘厳ながらも懐深い、そんな好々爺の如き風情を纏っている。が、突如として、さながら発狂したように、過去の惨劇を叫び語るようにして――その空が、真っ赤に真っ赤に染め上がる。それは幕末の血風(けっぷう)の気色か、それとも平安の物の怪の化色か。いやいやそれは、霊界という異界と交わり更に科学が発展した、現代における景色に他ならない。突如その身を沈めた赤い海に動揺する、鱏の群れの如き円盤編隊と、鯨の如き巨大母艦。それらを、渦潮の如き竜巻が呑み込んだ。全ては自然界の意のままに。たった数秒の淘汰であった。赤みが薄れる空。しかし、抜けるような青みへと完治するはずもなく、そこはどす黒い煙に(けが)されて、さながら青痣のような傷みを宿す。そんな空から見下ろした存在は、血風(けっぷう)を纏いし物の怪は、祇園の時の流れの先端に、最も色濃い赤を刺し入れる。除籍された母校の黒いセーラー服に、除斥した軍の白いオーバーコート。掲げた左手人差し指に鎮座する、黒き髑髏の異界の指輪。そこより落ちる影を吸い尽くさんばかりに、その(かんばせ)の色は、深雪の如く青白い。そこにあっても尚、その新たなる印は、赤き流れを見せ付ける。どうして桜の白い花弁(はなびら)は、優雅に漂っていられるのか。そんな風に、思わず不思議になってしまう。それ程までに灼々と、その真っ赤な真っ赤なバンダナは、埋めた火口を思わせる。神に至れず、人をも踏み外し、駆除されるべき害獣に墜ち着いて、そして見下ろされながらも、彼女は、その唯一無二の瞳でもって、見上げながらも、見下ろしていた――

 隻眼の魔獣・滝川悠は――本日もまた御健勝だった。

 そんな姿に、注を刺すようにして、ある老婆は言ったという。悠久の厚みを持つ好々爺と結婚したかのような、そんな風韻の老婆だったという。しかしそれ故か、その瞳に溶けることのない氷の影を仄めかせる、そんな気韻の老婆だったという。第2次魔獣討伐作戦の戦地と決定された京都府全域には、三日も前から避難命令が敷かれている。しかし、ありとあらゆるメディア、そして近隣住民から避難を命じられても、彼女は自身のこぢんまりとした城である茶屋の中に、籠城したままだった。それどころか、襲来した魔獣に、せがまれるがまま、お茶とみたらし団子を振る舞っていた。瓦礫の原と化した街の中、奇跡的に掠り傷ひとつなく救出された彼女だったが、なぜそんな馬鹿な真似をしたのかと、問いの烈火に晒されても、ついにその心を明かすことはなかった。が、ひと時だけ、ひと雫だけ、その瞳は氷解を見せたという――『両方で見えないものが、どうして片方で見えましょう……』まるで、墓石や水子地蔵にその雫を垂らすような、そんな瞳が、そこにはあったという。居合わせた人々が返答に窮しても、彼女は既に、それを貰っていた――

『片方で十分だよ』――魔獣は、笑顔を振り向け、清流のような声でもって、そのように明言したという。


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