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「全部の力を持てないなら、持ってる力を伸ばせばいい。色々探してわかったよ。悠の力はこれだけなんだ。悠はね――戦いで一番になる。凄い子の一等賞にはなれなくても、戦いの凄い子の一等賞にはなれるでしょう。それが、自由な悠達の一等賞。そのためには、悠よりも強くない子は邪魔なんだ。ろくなテストにならないんだ。赤点なんか取らないよ。ペケもあんまりつかないよ。簡単過ぎ。そこのその子達みたいにさ――」
『そこのその子達』――千尋は、悠が視線で掃いたその先を、無為にその目で確かめる。瓦礫を被るようにして、二つの人影が、血溜まりの床に臥していた。どちらも重態であることは明らかだが、ともすればブルーシートが求められるのは、背中が針山と化した女である。それに比べれば、やたらと図体のデカい男の方は、右腕がエリンギみたいに裂けてはいるものの、せいぜい包帯が求められる程度だろう。息をしている彼よりも、息をしていない彼女にこそ、最早なけなしの意識をちょろちょろ注ぐ。が、その流れは、ふいに風に吹かれて折れ曲がる。そしてさながら瀑布となって、落ちた先に繁吹を上げた――
そこに倒れていたのは初恋で――相沢仁に、他ならない。
床に膝と掌を擦り剝かせ、千尋は仁に這い寄った。が、それまでだった。彼女はまるで供花のように、ただただ彼に寄り添うばかり。触れたかった、抱き起こしたかった。しかしそれでも、その無骨な手でもって何かをしようものならば、たちまち人の形が崩れてしまいそうな気がしてならず、ただただ震えることしかできなかった。彼は息をしている。それでも彼女は包帯よりも、医者を求めて止まなかった。無体に過ごした時は押し固まって、やがてその頭へと落ちて来た――
『では――そのように』
均される心電図のように、その声は冷ややかに鳴り渡る――すると、まるで水彩画を水に浸けたかのように、仁の肉体から、色彩と輪郭が薄れて行く。
千尋は、草葉の陰にでもいるように、音にもならない声で呻吟する――
想い人が消えてしまう――だとしたら、この胸に秘めた想いは、一体どこに向けたらいいのだろう。新たに生まれた夜空の星に、打ち上げろとでも言うのだろうか。そんなことをして何になる。その想いは、星に届く前に、その重みに負けて、この頭へと落ちて来るだろう。スイーツなんか大嫌いだ。それでも、悲恋に心を湿らせる、そんな大人のビターな趣向もまた、呑み下せるはずがないだろう。吐き気がする、反吐が出る。私は――悲劇のヒロインになりたかったわけじゃない。
「ちょっと待たんかいこのボケェ――っ!!」
両足で割れんばかりに地を踏み締め、大の字になって身を掲げ――
山野井千尋は――その言弾を撃ち込んだ。




