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「さすがの秀一様も、正義の味方の目があっちゃ、馬鹿正直に守るしかないようだな」
そんな半端に真面目な彼を、正気の尻目に引っ掛けると、今度は仁が、底意地の悪い笑みを浮かべた。そして、虎の威を借る狐の面の皮を引っ被り、彼女を顎で示して見せる。秀一は、椅子にふんぞり返ると、鼻を大げさに鳴らして見せた。が、その窓際を彩る笑い声に比べれば、比べればこそ、それは小さく汚らしい音だった。
山野井千尋が――友人達と談笑していた。冗談が飛び交い、女六人の輪は、燦々とした向日葵となる。が、その中にあっても、彼女は口元に手を当てて、まるで山茶花のように、淑やかの中で笑っている。
初対面の人間ならば、柔和な顔のつくりや長く美しい黒髪も相まって、彼女を育ちのいいお嬢様だと思うだろうし、実際、彼女が昔のままの性格で成長していたのなら、茶室で抹茶を振る舞っていたことだろう。仁はしみじみ、そう思う。だが、そうはならなかったのだ。今の彼女は、バーでギムレットを飲んでいる方が様になる――
小学校卒業を機に、父親の仕事の都合で、彼女は大阪に引っ越した。だがしかし、香ばしいソースの匂いに満ちた食の国は、その実どうやら、生々しい血の臭いに満ち満ちた、そんな修羅の国らしかった。彼女は高校一年生である束の間に、剣道の個人戦でインターハイを制覇、しかもそれだけでは飽き足らず、居合・柔道・合気道・空手までをも嗜む、立派な女阿修羅に成長した。わけあって、仁は千尋と連絡をとっておらず、千尋もまたそうだった。故に春のあの日、その成長ぶりを目の当たりにしたあの時は、彼女の背負う桜の花弁を躍らせる春風に、血飛沫を拐かす塵風を見出した。背丈と同じく、随分と成長したものだ。いや、彼女の生まれをしかと見返せば、それは成長を超えた変貌だ。立派なお嬢様になれたかも怪しくなる。かつて彼女が、未熟児であったことを、気弱でひ弱な子供であったことを、今誰が信じるというのだろう。そんな面影を、身長一七一センチの恵まれた体格は覆い隠し、そして底も天井も知らない武芸の才は叩き潰す。そして、大乱の世にあっても太平の世にあっても、武神に愛された者にとっては、試合場という模擬戦場は、やはり鳥籠も同然なのだ。その大きな翼は、大空を飛ぶためにこそ存在する。そして彼女は、その翼を覆う羽毛でもって、多くの人々を包み込んだ。大阪では、拉致された友人達を救うため、やくざの群れを木刀一本で掃討し、戦場となった組事務所を、廃屋同然にしたらしい。畏敬の念すら抱き締めて、人々は彼女を讃称する。立てば要塞、座れば水爆、歩く姿はイージス艦、しかしながらその実体は――正義の味方そのものだと。そんなヒロインではなくヒーローが似合う彼女にとって、いじめを撲滅することなど朝飯前だ。始業式の日に花瓶を机に置かれたあの女子は、今や千尋のグループに属していて、毎日満面の笑みを咲かせている。ただ本日は、風邪で休んでいるらしいのだが。




