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はらりはらりと、一輪の雪の華が、天から地へと、舞い降りる。しかしながら何ものも、この場に水を差すことは叶わない。中空に咲いた火の華の只中に、余韻を煙らせる事もなく、一瞬間に消え失せる――
そして世界は分かたれた――天は緑に、地は赤に、それぞれの光によって染められた。振り下ろされた拳と、斬り上げられた刃が、譲ることなく相剋する。双方歯を軋らせる。肩と眼窩から熱血が止めどなく迸り、睨んだ顔と顔とを汚していく。
仁は、その拳を、更に力を込めて握り締める。初恋は叶わないものなのだと、秀一の野郎は言っていた。恋を知らない野郎の夢で終わるものなのだと、決め付けて嗤っていやがった。あの時は、苦々しく笑うことしかできなかったが、この今は、笑うことさえできやしない。ふざけたことを言ってんな。知っていようがいまいが、初恋だって恋だろう。この恋が、この夢が、叶わないものであるものか――
恋も、夢も、本気を出せば叶えられる――
覚悟があれば現実となる――
どうにかなるんじゃない――どうにかするんだっ!!
仁は、その拳を、あらん限りの力を込めて握り締める。そこから発せられる青葉色の光もまた、爆ぜ散らんばかりに輝き出す。手中にある未来の欠片が、その輝きでもって、今こそこの拳を透かしている。
中空に――ぴしりという音が仄めいた。
その音に追い立てられるようにして、緋色に支配されていた地において、影の地割れが迷走する。悠が、表情を削ぎ落し、刃に走った亀裂の上に、その一つの瞳を研ぎ澄ます。
拳が刃に、這入り込む――
拳が刃を、二つにする――
中空に――涼やかな音が鳴り響く。
「だから――駄目な子なんだよ」
その音は、拳が捉えた刃の下――覗けた口元、涼やかな三日月からの便りに他ならない。
亀裂の入った刃には、呆けた男の顔が、ずたずたにされて映っている――
刃が拳に、這入り込む――
周囲に舞い踊る緋色の粉塵が――緋色の飛沫へと成り代わる。
「ハートにさ――皹が入ってるよ。ねぇ仁くん」
加護江市に、世界に、そしてあの世に向かって掲揚される旗のようにして――緋色の太刀が、突き立った。その切っ先の遥か下、己が胸の血潮に巻かれた少年が、蹴飛ばされた石ころのように、床の上を跳ね転がる。悠は、そんな無様を尻目で後方へと見送って、親しみのある冷笑を、その唇の上に過らせた。
少年は、這い蹲るも、手を伸ばす。手放してしまったものに、手を伸ばす。それらの具現は、一人の女の形をもって、眼前において転がっていた。だが――真っ二つに斬り裂かれ、輝きを失ったその手が、何かを掴むことは決してない。
新たに生まれてなどいなかった――
生まれ変わりにさえなれていなかった――
どうにかするが――どうにかなるになってしまった。
一瞬間、現実を見ずに――夢を見た。
『棚に牡丹餅が入っているなどと、一体誰が言ったんだ、お坊ちゃん?』
秀一の、あるいは自分自身の、しかし別人のものとも聞こえる声が、頭の中に明滅する。
やがてそれらは消え去って――
相沢仁は――夢のない眠りに堕ちて行った。




