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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
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3-47

 しかし彼は、その底知れない声の出所を覗き込む瞳を持ちやしない。その瞳は――彼女をひたすら見上げるばかり。竜巻が振り回す業風のスカートの上を転げ上がりながらも、その身体は、天へと高く昇って行く。チョコレートの破片のような塵芥や、薔薇の花弁のような血液が、腕や脚に纏わり付く。それらはまるで、悪魔の甘美な言霊のようである。しかしやはり、彼はそんなものには目もくれない。その目尻を、血に汚れたブラックリングが掠めても、今となっては同じことだった。その瞳に抱き締めた者に、再び叫んで呼び掛ける。左腕を千切れんばかりに伸ばしに伸ばす。そして――

 相沢仁は山野井千尋を――

 その腕に――力強く抱き締めた。

「――っう」

 死んではいない――生きている。頭に重々しく包帯が巻かれているが、顔は石膏像のような色をしているが、それでも確かに、生きている。何よりも、その呻吟を押し出すものは、その間歇泉を噴き上げるものは、燃えるような地熱に他ならない。その熱を、彼女のぬくもりの中に感じ取る。幼き頃は、そのぬくもりがこの腕を抱いていた。しかし今は、この腕がそのぬくもりを抱いている。仁は、更に胸の内へと仕舞い込む。あの時の心なき約束を、今まさに、心を込めて果たすため――

 そしてその眼を振り下ろす――竜巻と爆発で破壊され、今やディストピアのビアガーデンに成り果てた映画館の中心から、一本の矢が、放たれていた。たった一本しかないが故に、鋭く確かに、獲物を射抜く。赤き瀑布に打たれても、その口角は、屈することなく立っている。小さき身体が内へと丸め込まれ、胸に秘めたそれは、圧縮されて過熱され、そしてやがて、爆発した。大の字になって反り返る身体、裂けんばかりに打ち開かれる口――滝川悠が、こちらへ気勢を吼え上げた。

 仁は――悠に向かって突撃した。風を蹴り、右に拳を握り、左に愛を抱きながら。

 悠もまた――左の拳を突き出した。その人差し指の黒き髑髏の双眸が、緋色の閃光を炸裂させる。すると、獲物を横取りされ怒り狂っていた竜巻が、節度のないカップルをこの世から弾き出さんと、いよいよその腰つきを激しくする。

 それは気軽な対応だった――

 横合いからポケットティッシュを差し出されたときのように――

 尻目にかけるともなくかけながら――その右手をすっと、差し出した。

『え――っ!?』

 そんな動揺が、眼下の一目(ひとつめ)を通り過ぎた。もはや尻目にもかけていない方向から、迸った鮮血が、仁の頬を撫でて行く。しかしそれは、切り裂かれた彼の拳の出血でもなければ、そもそも血液でさえなかった。緋色の奔流と見紛う程、粉塵と化した緋色の破片が帯を成し、長く長く棚引いている。竜巻が、鉋で削られる木材のように、細く細くなっていく。削っているのは、固く握られた右拳。その右拳は、青葉色の光球に包まれていた。拳が更に握り込まれ、関節が応を叫ぶと、その光球は、さながら恒星のように、その表面を滾らせる。それは、予兆だった。光球が、成熟の(とき)を迎える。形作られる、ハートマーク。心臓を象る、シンボルマーク。それでもそれは、生存へのシンボルでは断じてない。なぜならそれは、彼や彼の愛する者を守るためではなく、仇なす者を敗るためにこそあるのだから。ハートマーク状の恒星の表面は、変わらず爆発に満ちていて、それによって織りなされる模様は、縦横無尽の亀裂の如く。それはまさに――破れる心臓のシンボルマーク。

 その右手の人差し指――

 黒き髑髏の双眸は――

 今こそ青葉色の眼光をもって敵を睨む――

真極覇拳(しんごくはけん)』――それが相沢仁の、進化形能力の名であった。

 フェアに行こう、俺の、新たに生まれた力を教えてやる。相沢仁は、その目でもって語り掛ける――

 一撃必殺攻防一体――それはまるで薬丸どんの剣。

 滝川悠もまた、その目でもって語り返す――わおわお、そんな奥の手があったんだ。

 仁は、空を割りながら、出血する程に固めた拳を――ぐわんと大きく引き絞る。

 悠も又、掲げた両手に召還した竜巻を、一本の超大な太刀と変え――がばりと大きく振り被る。

 両者対して語り合う――


 いざ――勝負。

 


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