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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
134/148

3-45

「悠を見なよ――仁くん」

 上を向いたその唇には――天真爛漫が掲げられた。

 萎れて撓っていた身体が、芽吹くように迫り上がる。その手が、荒鷲の爪を思わせる力強さでもって、笑止千万な硝子片を引っ掴む。砕けた硝子が手や顔を削ろうと、ブリリアントカットと変わりなく。剥き出しにされた歯茎が裂けんばかりに食い縛られる白い歯は、苦痛とは無縁の、前へと進める喜びを映し込む。引き抜かれる硝子片、引き出される眼球、噴き抜ける血液。それでも視神経が千切れる瑞々しい音こそは――新生児の産声に他ならない。

「悪い子誰だ、悪い子誰だ……祈ってばかりの駄目な子だ……それは知ってる、悠でも知ってる――お馬鹿さんでも知っている」

 悠は、その唯一の目の前に、再び両手を組むと、灼熱の息を吐きかける。すると、その指と指との隙間から、緋色の光が漏れ始め、瞬く間に、あの緋色の珠が形を成した。振り回される轟きも、炎を紙のように薙ぎ払う。そして彼女の身体からは、天井知らずの赤き霧が暴発する。あまりに大仰な旗だった。行き着く先は近い。そしてそれが目に見えた。組んだ両手には――髑髏が生まれた。笑壺に突っ込んだかのような血相の、緋色の髑髏がそこにある。それと示し合わせたようにして、彼女もまた、その顔の天真爛漫を、今が盛りと咲き誇らせる。正面に突き立てられていた大太刀が床に沈み込み、その頭に頂いていた打刀(うちがたな)の頭光も今、花弁の如く散り消える――

 仁は悟る――

 時の砂が――落ち切った。

『何なんだテメェはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!』

 スピーカーを砕かんばかりのその声が、しゃぎりの如く鳴り渡る。最終幕には不要なそれを、粗相とも雑音とも聞き取らず――悠は片手に移した緋色の髑髏を、天様(あまざま)一度(ひとたび)突き上げると、地へと一気に叩き付ける。そこに広がった巨大で濃厚な血痕は、やはり髑髏の面持ちを構えていて、その陽気な口から、それは快哉の如く放たれた――

 無数の緋色の大太刀によって組み上げられた、見上げる程の、二重螺旋構造――

「『血染めの遺伝子(スカーレットDNA)』――」

 悠は言う。寒さの厳しかった冬が終わり、潤んだ雪を崩す、鶯のひと鳴きのようにして。和やかながらも厳かなその旋律は、周囲の無粋な音を呑み込んだ。するとやがて――

 二本の巨大な鎖は渦を巻き――

 一本の――膨大な竜巻を生み出した。

その腰が振られる度、ミラーボールがそこにあるかのように、緋色の光が飛び回り、その中に隠蔽された斬撃と猛風が、映画館内を斬り刻んでは掻っ散らかす。そしてその顔は、雲に隠れて見えやしない。見えやしないが、歓天喜地の至境にあるに違いない。天井の穴から見える、終末を思わせる黒い空。その盤石なる雲の要塞線を()ち抜いて、その上に広がる王国にも、狂喜の叫びを轟かせながら、腰のみならず、その身体全体が、邪淫な本能のままに乱舞する。

 猛風の叫喚の中、巻き上げられる残骸。まるで、ゴミ捨て場から拾ってきたメリーを見上げている気分だった。当然赤ん坊は喜ぶはずもない。仁は嘆く。ふらふらと立ち上がった自分を訝しむ程に、横たわる自分が想えてならない。あの竜巻の猛威の前では、全てのものが、あれらの残骸と同類だ。今まさに吸い込まれんとするあの小さな鳥も、瞬く間に囀ることなき肉片に変わり果て、螺旋の列に加わることだろう。そう見えてしまう程に、その影はか弱かった。竜巻から遠ざかろうと踠きに踠く――一機の黒いヘリコプター。思わず、同情せずにはいられなかった。

『これ――から――番趣味じゃ――だ。大――野郎――』

 スピーカーから染み出したその声は、荒れ狂う風に斬り刻まれ、誰の耳にも届くことはなかった。仁もまた、己が末路のみを、ヘリコプターが最期に散らした、シケたライターのような火花の中に見出すばかり。その寝起きのような濁った目に、やはり瞼が下ろされる――

 だが、しかし――


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