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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
131/148

3-42

「何ガンくれてんだ! 文句あんのかイディオット!」

 仁は悠に襲い掛かった。拳を固め、床を蹴る。しかしそれは、怒れる脳みそが肉体に発した、侵攻作戦にしかならなかった。作戦は――鮮血とともに宙に浮いた。第一歩に躍動している左脚の太腿が、血飛沫によって煙っている。遅れて鋭い痛みが差してくる。それでも作戦を強行させようと、絡まる脚と脚に構いもせず、身体を前に出そうと押し出した。しかしそれでも今度こそ、作戦は中止へと落下した。仰向けに倒れ、背中を床に強打する。またもや脚を斬られたわけではない。喉に蟠った衝撃が変質し、鈍い痛みが沈み込む。瞼を打ち開き、直面した光景も、そのことを明証していた。理奈が黒檀色の天井を背負い、怒ったような呆れたような安堵したような、そんな滲んだ表情で、こちらをじっと覗き込んでいた。何ガンくれてんだ……。仁は、未だジャケットの襟を鷲掴む彼女の手を振り払い、口を尖らせて立ち上がる。未だ泣きじゃくる太腿には、拳でもって喝を入れ、アダルトチルドレンにしてやった。

「彼女の瞳には――『先々(せんせん)(せん)』が宿っています」

 息つくように、理奈は言う。先々(せんせん)(せん)とは、剣道で言うところの、相手の攻撃しようとする心気を読み、その技が未発のうちに、機先を制して打ち込む技である。中学校の体育の授業で剣道を選択した身の上だ、それぐらいのことは知っている。そして、リストカットをしたように血を垂らす理奈の手首が、それ以上のことを語ってくれた。リストカット、自傷行為――あの瞳の前では、他傷が自傷に返される。悠の前世は、妖怪じみた剣客だ。そんな前世の記憶を蘇らせている今、そんな妖術じみた技を獲得していても、何の不可思議もないことだ。燃える意志が、凍てつく石に成り下がる。丸裸にされた身で、囚獄されている気分だった。少しでも動こうものなら、罵声を混じらせ、刃が飛んで来るだろう。悠の双肩の刃の手も、いつの間にか形を消していた。眼前の、爆燃する赤き霧を、貫かんばかりに睨め付ける。理奈に目配せをするも、こじれた顔を伏せるばかり。仁は、誰に聞かせるともなく、それでも誰かに聞かせるようにして、大きく鋭く舌を打つ――このままでは、石になった意志が、遺志へと砕かれるだけだろう。

 すると赤い三日月が、こちらに光を投げかけた。唄を紡ぐ唇が、その口角でもって万歳をする。悠が、笑っていた――『お手上げだよね』と、嗤っていた。罵倒されても打擲されても、それでも自分が悪いのだと、笑うことしかできなかった過去の駄目な自分を、今こそ自分以外に重ねて嗤っているのだ。「悪い子誰だ、悪い子誰だ……祈ってばかりの駄目な子だ――」その愉快にひん曲がった唇は繰り返す。悔しかったら、出来るものなら、かかって来いと。それでも動けない囚人達を憐れむようにして、それはそこに現れた――

 祈りを捧げる両手から滲み出す、光輝く緋色の珠――

 悪い子は誰だ、悪い子は駄目な子だ。そう彼女が自問自答する度に、その体積は、大きく大きくなって行く。そして、発せられるその音量もまた、大きく大きくなって行く。サイレンにも似た、空気を震え上がらせる、そんな野太く剣呑な轟きが振り回される。仁は、思わず耳を塞いだ。しかしそれでも尚、胸中に響く自身の声に、その鼓膜は戦慄いた。この轟きは、サイレンなどではない。そんな対外的で体外的なものではない。最早人間をではなく、天地双方を呪うに至り、それらを合わせて平らに踏み潰さんとする、そんな彼女が彼女自身に送る、それでも秘め果せるはずのない、凄絶で凄惨な激励だ――

 気炎を叫ぶ――血塗れの心。

 それを悟りながらも、


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