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「テンメェ……裏切りモンが。相も変わらず、ユールックグレイト」
「So do you. しかし、危ないところでしたね。肝が冷や奴になっていませんか?」
皮肉を言ったら、音と言葉を駆使されて、皮肉の二重奏を贈られた。肝を本場四川の麻婆豆腐にする衝動を抑えながら、仁もまた立ち上がり、理奈の左隣にその身を寄せた。皮肉を言える元気があるのなら、大事には至っていないだろう。その左肩から右脇腹にかけて、赤い襷をかけたかのように、衣服に生血が滲んでいる。それが今は、よりよく見える。館内の所々、床や壁には、まるで蜂が巣穴から顔を覗かせるようにして、緩火がゆらゆら揺れている。その灯りによって闇は滲み、生み出された厳かな領域は、しかしどこか懐深く、頭を上気させる酒気にも似たこの高揚感でさえ、するりと受け入れてくれるように思えてならない。そんな気色を見守りながらも、それでも仁は、こう尋ねずにはいられなかった。
「で、テメェは今どっちなんだ? 一匹狼か? それとも俺の飼い犬か?」
「子供に夢を届けるトナカイさんです」
「犬に食われろ」
「トナカイ、美味しいんですよ。ポロン・カリストゥスがお勧めです。あのベリーソースがいいアクセントですよね」
「そろそろ真面目に答えてくれませんっ!?」
「狼に食べられそうなこの状況――協力は不可欠でしょうね」
理奈の苦々しい眼の先を、仁もまた睨み付ける。
カーペットに跳ねる、レンズの割れた丸眼鏡。それを、極印を押すようにして――小さいローファーが踏み潰す。
「百点満点とはいかなかったか。よくコンテニューできたね。それにしても、随分バイオハザードな挨拶だね」
そこまで致死的じゃねぇだろう……。その証拠に悠は、こめかみから口元に伝う流血を、ケチャップみたいに掻き拭う。しかし、そんな生命の温かさを振りまきながらも、トレードマークの丸眼鏡が取り除かれたその顔は、やはり愛嬌のある丸顔だったが、肌の青白さも相まって、血糊を擦られた今、屍のおどろおどろしさを被っていた。仁は、彼女がかっくり傾げた首が、やはり折れていないものかと視診して、それならさっさと成仏しろと信心する。
「きゃふふふふ……それにしても二人は面白いね。でもでも――メトロ漫才は終わりだよ」
日の目を見ないコンビみてぇに評するな……。度重なる悠の天然ボケに、胸中で突っ込みを入れるのにも、仁はいい加減にうんざりした。しかし、『致死的』にしろ『日の目を見ない』にしろ、彼のそれらの突っ込みは、あまり笑いを取れない代物だった。
悠が――左手の大太刀を、印を打つように、足元の床に突き立てる。炎の色を取り込み、一層濃密になる刃の赤き反射光の向こう側、目と目が閉じられ、小さな身体が丸められ、手と手がひしと抱き合った。その佇まいはまるで、刃に祈りを込めているかのようだった。殻を透かして、その奥に秘められた卵黄を、鏡に映し込んでいるかのようだった。彼女の身体から漂っていた赤き光の霧が、吼え猛るように噴き上がり、聖域を設けるようにして、戦場を厚く巻き上げる。冠せられた打刀の頭光と、双肩の大太刀の手の平は、この儀式を祝福するかのように、煌びやかな円舞を見せている。そしてややあって、隙間を空けた唇から、こんな唄が漏れ始める―
「悪い子誰だ、悪い子誰だ……祈ってばかりの駄目な子だ……組んだ両手に刀を持って、どうして自分を刺すのかな……だから駄目な子、悪い子だ……自分を刺すなら相手を刺そう……前を指して前へと進もう……みんなそうして進んでる……だからそうして進もうよ」
そんな唄は繰り返される――浮かんでは消え、それでもまた浮かぶ。絶えることのない言の葉に包まれて、彼女はそっと目を開く――
目頭と目尻が裂けんばかりに開かれたその中心――
鋭き視線で円く刳り抜かれる世界を写し撮りながらも、現像されることなどない、光を挫き闇を助ける――そんなネガのような瞳がある。
その瞳に捕まると、仁の胸には動揺が脈打った。父親にも入られたくない自分の部屋に、打ち付けにドアを開け放ち、名前も知らないどこぞのガキが、泥まみれの足で駆け込んで来たかのような、そんな気分に陥った。その動揺が苛立ちに変わるのに、多くの時間はかからなかった――




