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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
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3-36

「ああん? 俺だ教祖だ、馬鹿野郎」

 スマートフォンが、その鋭い着信音を振り回し、こんがらがる思考の糸を断ち切った。しかし感謝の念は、1ミリたりとも垂れて来ない。非リアの生霊が幾重にもしがみついているような、そんな聖夜の寒々しい曇り空の(もと)、信者からの報告を聞くともなく聞きながら、秀一は、赤々と燃える煙草の先端に眼を晒す。

「さっさとしろよ馬鹿野郎。もううんざりなんだよ馬鹿野郎」

 通話を払い除けながら、主流煙で色濃くした、白い白い息を吐く。勝者は、座して冠を被るべし。にもかかわらず、こんなクソ寒い屋上駐車場まで退かねばならなくなったのは、お寒い不覚に他ならない。ショッピングセンターの屋上駐車場には、北風が、天から薙ぎ払われる打ち物のように吹き荒び、骨の髄どころか、魂の髄にまで食い込むようだった。

 報告が入った。バックアッププランの段取りが、最終段階に入ったと。そして、滝川悠が、遅れて到着した相沢仁と、交戦状態に入ったと。どちらの報告も、聞くともなく聞いて然るべき、値の張らない()でしかない。

 タールがこびりついたその喉は、どうにかすれば、逆巻く痛みで詰まるよう――

 それでも彼は――吐き出さずにはいられない。

「どうして……思い通りに……動きやがらねえ……」

 あいつは、小学校で出遭ったときから、そうだった――

 孤立させても、笑うだけ――

 罵倒させても、笑うだけ――

 打擲させても、笑うだけ――

 馬鹿にされているとしか、思えなかった――全く以て、笑えなかった。

 幼少期には『神童』と呼ばれ、何かと頼られ、他人はその馬鹿野郎っぷりを曝け出し、奴隷のように、道具のように、それこそ思い通りに動いたものだった。しかし、何事にも例外はあるものだ。なんて、そんな馬鹿みたいな文句で認めたくはなかった。諦めたくはなかった。例外なんてない、例外なんかねえ、例外なんざありはしねぇ! 小学校中学校、そしてわざわざ裏口入学までさせた高校に至るまで、むしろそれが本業であるかのように、彼女を虐めて虐めて虐めまくった。テメェもそいつ等と同じ、馬鹿野郎に決まってる――虐められるその様に、高みの見物を決め込んだ。校舎裏でリンチ、トイレの個室で滝行、半殺しにする気で轢き逃げをさせたこともあった。

 それでも彼女は笑うだけ――

 駄目な子の自分が悪いと――笑うだけ。

 馬鹿にされているとしか思えなかった――

 全く以て――嗤えやしかった。

「――っけ!」

 虫唾を吐き捨てるようにして、白を濃くした息を吐く。北風に捥がれたらしく、煙草はその焔を失って、最早一筋の煙も立ててはいない。秀一は、吸い殻もまた吐き捨てた。

 強がっているだけだろうと、そう思う。悲劇のヒロインを気取りたいだけだろうと、そう思う。そうは思うが――やはり認めたくはなかった、諦めたくはなかった。馬鹿野郎の癖に、奴隷の癖に、所有物の癖に、所有者に背いて笑ってんじゃねぇ! この黒い髑髏みてぇに、所有者が笑えと思ったときにだけ笑えばいい――

 しかし彼は――彼女の笑顔なんぞ見たくはなかった。

 スキットルを傾ける。乾き切った喉を、コニャックでもって潤した。ブランデーにはチョコレートがとても合う。しかし彼は――更に甘美なアミューズブーシュを欲していた。じっくりとゆっくりと、美味い酒が飲みたかった。なのにそれは、思い通りに叶わない。飲む前から胃もたれを起こす程、不条理極まりないことだった。しかしもう、それでもいい。たった一滴でもいい、たった一時(いっとき)でもいい――

「せいぜいその綺麗な声で――泣いて叫んで聴かせて見せろ」

 岡島秀一は、分厚い雲の只中に、確かにオリオンを見出した――

 しかしその輝きは――白々とした息に埋められた。


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