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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
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3-35

 憎たらしい、嗚呼憎たらしい、憎たらしい――岡島秀一は、短くなった煙草を吐き捨てるなり、バトンを渡すようにして、新たな煙草を咥えて火を宿す。頭の中に、皮肉なまでに繰り返し、シャッフルされる映像は、妙策と失策、そして過去と現在に他ならない――

 夢を夢で終わらせる、そんな悪夢を終わらせる。あの姫を、滝川悠を抹殺する。そのためには、橘理奈と相沢仁、その二人の合力が必要だった。しかしそれは当然のこととして、何より――あの未だに基本形能力しか能のない盲目のモラトリアムを、理奈と同じ、進化形能力を行使できる開眼に覚醒させることこそが、必要不可欠なことだった。

 そこで、悠が夜毎開催していた殺戮ショーの生贄として、秀一がターゲットリストにピックアップした人間は、彼女が垂涎しそうな猛者である前に――彼女が推選しそうな悪人だった。ゴートである前に、バフォメットだったのだ。何だかんだと言ったって、ゲテモノ好きの世間一般の皆々様は、そのカプリットを、悪魔の成れの果てだと思うだろう。通り魔が悪人を殴り倒している頃から、既に奴等はそうだった。通り魔を蔑む一方で、いつしか自分達が生活の糧のために売り渡した価値観を、懐古したくてたまらない。そして、映画のヒーローに一層の活躍を期待するようにして、通り魔はジャスティスリッパーになったのだと決めつける。だがしかし、そんな連中と彼は、一線を画さなければならなかった。彼には、一線を越えてもらわなければならなかった。相沢仁には――『通り魔=ジャスティスリッパー』を越えて、『ジャスティスリッパー=山野井千尋』であるとまで、徹底的に確信してもらわなければならなかったのだ。それ故に、大衆的に審判すれば死刑を免れて然るべき剣道部の連中をピックアップし、悠に殺させ(連中は猛者ですらないため、言い包められなければこちらが殺されていたであろうが……)、血に濡れた衣を千尋に着せた。

 そこまでしてでも、仁に動いてもらうわけにはいかなかった――彼を開眼へと進化させるために必要な、鍵とも呼べる情報を掴むまでは、何としてでも、動いてもらうわけにはいかなかったのだ。思慮分別のない悠が、『燃えそうじゃん』なんていう闘魂だけで、善人悪人の分別(ぶんべつ)もなく、辻斬りなんぞをやっていたら、きっと彼は、思春期特有の鋭すぎる愛のアンテナで、事の真相のみならず、千尋の安否さえも受信することであろう。そして、進化もなく悠に特攻し、すっかりバッサリ斬り捨てられることになるであろう。そんなことになってみろ。計画は、藻屑にもならず水泡にもならず、ただただ水に流されるだけである。仁には、自室のベッドにでも引き籠っていてほしかった。最愛の女が殺人鬼であるものかと、右手も左手も頼りにならない樹海の中、キャンプを張っていてほしかった。

 無論秀一は、開眼に進化するための条件を、黒き髑髏に双眸を開かせるための方法を――既に分析済みだった。その分析が正しければ、仁を覚醒させるための鍵は、恐らくその前世である伝説の極道・大葉恭司の最期にある。たかが三下に正面から額を撃ち抜かれたという、分不相応な最期の裏にある。そのように予測し、信者を動かした。そしてついに、鍵を掴んだ。かつて大葉と将来を誓い合った恋人が、千年の都で、決して公開されることのない国宝絵画を扱うようにして、厳重に丁重に、その胸の最奥に秘めていた。舞台を整え、あとは仁を進化させ、真価を開放するだけだった。

 計画は完璧だった――

 首尾よく勝てるはずだった――

 何よりも――趣味よく勝てるはずだった。

 にもかかわらず、あの女優崩れの爆弾魔が、夢の爆弾を打ち上げやがったそのせいで、計画は宇宙の彼方に吹っ飛んだ――開眼コンビは、空中分解しやがった。理奈は、殿として嗾けられた百貫豚を、いとも簡単にそぼろにするだろうが、そうなった場合、悠が出撃する手筈になっている。裏切り者が、泥棒猫が掻っ捌かれる。それは重畳なことなのだが、しかし畳を幾ら重ねようと、座布団のなごみは得られない。故に、先に発動させたバックアッププラン、もとい、発動させねばならなかったあっぷあっぷプランもまた、彼の趣味を満たせるものでは到底ない。


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