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「めでたしめでたし」
そんな転生や魂など与り知らない悠は、武勇伝という回想を立派に語り終えると、その無垢なる得意顔に、パチパチ拍手を送るばかり。
今度は映画のストーリーが、回想シーンに転がり落ちるらしく、スクリーンが暗転、館内に暗闇が垂れ込める――
仁の心は、残骸の下敷きであるその身体に倣うようにして、徹底的に叩きのめされた。嫌な予感は――的中した。的のど真ん中を射抜き、そのまま心臓に鏃を食い込ませる。健気な脈が打たれる度、鏃は奥へ奥へと侵入し、忍ばせられた猛毒を、全身へと送り渡らせる。唇が、色を失い震え出す。声は、潤いを失い皹割れた。
「千尋は……どうなった? 頭をシバかれて……どうなった? ここに囚われているんだろう? 生きているんだろう――っ!?」
仁は堪らず叫喚する。激しくも侘しい北風の如き轟きが、闇を封じた六面体の空間で、行きつ戻りつを繰り返す。そしてその胸は、重油が流出した真冬の日本海のようだった。
映画のストーリーが、血の気の引くような殺人劇を、声もなく音もなく、冷然とした光の中に描き出す――
悠は、大根を収穫するように、床から刀を引き抜いた。欠けや曲がりがないかを点検するために掲げられたその刃が、映写機からの光を収縛し、冷えた涙を伝わせる。しかし――そんな刀汚しは払われた。「チーちゃん? ああ、チーちゃんかぁ――」鉄の色を取り戻した刃は真円を描き出し、すとんと薄い肩へと落ち着いた。
「きっと――死んじゃったんじゃないのかな。火事はボーボー、戦車はドカドカ、それに悠もビュンビュン暴れちゃったしね」
映画のストーリーが、時の流れを今に戻し、スクリーンが、まるで長いトンネルを抜けたかのように、眩しく鮮やかな色彩を放出する――
その光の中にあっても、むしろその光の中にあることで、悠の笑顔は、夏の陽光を乱反射させる向日葵のようだった――
その光は瞳を射通して、心の臓へと突き立った。仁の内側は、どこまでも白い光に満ち満ちた。しかしそれは――鬨の爆裂に他ならない。呑むことしか知らない重油を呑み込んで、炎の軍勢が進撃する。
「貴様は……自分の夢を叶えるためだけに……山野井千尋を殺したって言うのか。いじめられていたお前を救い……妹のように想ってくれていた人間を……」
「へう? 悠は頼んでないよ――そんなこと」
振り下ろされた拳が――床を割る。走りに走った亀裂は、小さきローファーの爪先へ。そしてそれは、飛び立った。見えない燕さながらに、亀裂の端より、その丸い顔に向かって飛び立った。間髪入れず、鋼鉄の世界に鑿を立てるような音が鳴り響く。傾げられた首の上、逃げ果せた顔の中、眼鏡の丸レンズにまるまる広がった丸い目は、それらを注視せずにはいられない。薄い肩の上、刃が真っ二つに折れた日本刀。そして対する所、遺跡を破るガジュマルの如く身を起こす、一つの漲る男の影――
「許さねぇぞ……滝川悠――っ!!」
相沢仁は――咆哮した。その爆風に当てられて、足元に散乱した残骸が、木の葉のように乱れ飛ぶ。
滝川悠は、頭皮を引っ剥がさんばかりにはためく髪を押さえもせず、その身を風に晒していた。しかしややあって、全身を鎌鼬に切り刻まれたかのように、身体を抱いて頭を垂れた。その唇から、その裂け目のような唇から――「きゃきゃふ……きゃふふふふふふふふ…………」そんな笑い声が、珠を作って滴り落ちる。
「嬉しくて身体がニワトリさん。ごめんね、仁くんをフライドチキンの骨みたいにナメてたんだ。やっぱりちゃんと、ボリュームのあるお肉がたっぷりだね。そうこなくちゃそうこなくちゃ。パーティー最後ごちそうは豪華じゃなきゃ――初めて本気を出せそうだね」
悠はその言葉の通り、今にも奇声を上げて走り回りそうな顔を上げ、左手の折れた刀を、天井高く投げ捨てた。黒き髑髏の双眸から、緋色の雷がのたくり回る。辺りを血塗れにしたストロボの中、床が壁が天井が斬り裂かれ、突き出た二階席さえも、轟音の下に斬り落とされた。そんな暴虐を掲げた左手の人差し指は、あんな彼を指している。ふかふかの雲にごろ寝して、鼻糞を弾いた指で人を繰る、あの天上の糞爺に突き付けられている。そして彼女は宣言する「リッパーじゃない、姫じゃない――」
「悠は――全能の神になる」
だから貴様は地に落ちろ――
そんな心を描いたようだった――
治まった雷が、盛りを終えた花火のように、光の粒子となって垂れ落ちる。だが、盛りは始まってさえいなかった。光の粒子が、流砂の如く渦を巻く。それは消え入る前、最期の刻に収束し、残り香のように、傷跡のように、予言のように、描き出す――
天空高く君臨し、地上を嗤い、そして快哉を降らす――血染めの髑髏を。
神は二人もいらない、引き摺り下ろす、だから貴様は地に落ちろ――
悠の笑顔に――髑髏の嘲笑が重なった。
仁は、同情する気にはなれなかった。なれなかったが、面と向かっている彼女の中に、それを認めないわけにもいかなかった。この世に、そして何より自分自身に押さえ込まれた――虐げられた者達の、猛烈な怒りそのものを。
「進化形能力レベルⅢ――『斬衆観音』」
そんな怒りの炎が、血液を蒸気と化したような情景だった。その全身から、緋色の光の霧、『ライトフォグ』が立ち昇る――
そんな凄惨なベールに巻かれながらも――
滝川悠は――だっこでもされているかのように、真っ赤に真っ赤に笑っていた。




