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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
121/148

3-32

「なんなんちゃって、なんちゃって―」

 獲物の口元が――ハンモックのような弧を(えが)く。その身体が、再びエンジン音を噴き上げた。床についた片手を軸に、駒のように横回転。その足が、間合いに侵入した獲物の身体を、脛の部分から刈り飛ばす――

 血液が血管を突き破り、皮膚が剝がれ飛びそうな、そんな力を痛感する。仁は、風車(かざぐるま)の如く回転する我が身を知る。そしてそれらは、その風車(かざぐるま)に吸い込まれた蜘蛛の糸のようだった――悠の腕が、しなやかに仁の身体に絡みつく。左手は右袖を、右手は右肩を、それぞれがそれぞれを捕捉する。そしてその小柄な背中が、腹へと打ち付けられる。身内に浸透する人肌のぬくもりは、しかし再び襲った遠心力によって引き剥がされ、かえって冷たさをそこに残す。それはまるで、気まぐれな春のそよ風だ。すると仁の脳裏には、桜の花弁が舞い降りる――

 山野井千尋――

 桃色に煙る山稜に、思わず讃歎の声を漏らしたとき――彼の身体は打ち出され、床の上を転がり跳ね、ごっそりと一列分、根こそぎ座席を撥ね上げた。

 一本背負い――

 あの春の一本背負い――

 身をもって、痛い程に知っている――山野井千尋の一本背負い。

 気付いて見れば、座席の残骸の下だった。身体中が激しく痛む。立ち込める粉塵に咳き込めば、床に生血が(なす)られる。そんな有様でも、仁は鶯の声を耳にする。

「戦い方はわかっていても、身体がヘタレてバテてヘタバッちゃう。それが基本形能力の駄目なところ。それは知ってる、悠でも知ってる。でもねでもね、能力は駄目でも――長峰(ながみね)さんは駄目じゃない。」

 悠は言う。まるでスマートフォンの使い方を、おじいちゃんに教えるようにして。しかしおじいちゃんは、認知症に罹っているらしかった。そうか……滝川家もあのエアコンを買ったのか……そうだよな、優秀だよな……ムーブアイが素晴らしいよな……。しかしながら、正常な状態にあったとしても、仁はその名前に、断じて首を傾げていただろう。

『人斬り悪童』・長峰繁蔵(ながみねはんぞう)は――歴史から抹消された存在だった。敵同士、倒幕志士と新選組。それらの相容れない二つの勢力が、一夜限りとはいえ一つの勢力にならなければ首を落とすことが叶わなかった、しかしたかが不逞浪人という存在は、拭き取られるべき汚点に他ならない。身長四尺六寸の骨仏。そんな拭くまでもなく吹けば飛びそうな体躯をしていたが、それを度外視する高度な体術を用いた我流剣術で、血の風が吹く幕末の京都に、血の嵐を巻き起こした。それ故に――

「長峰さんの動きをいくら悠が使っても、全然全然疲れないんだ。栄養ドリンクいらず、24時間365日戦える。いいでしょいいでしょ? すごいでしょすごいでしょ?」

「そんなことはどうでもいいっ!」

 飛び跳ねる悠を撥ね飛ばす勢いで――仁は叫ぶ。

 どうでもいいどうでもいい。お馬鹿な悠が、基本形能力のリスクを承知していたことや、それを無効化さえする物の怪じみた浪人の生まれ変わりであることなど、心の底からどうでもいい。客観的戦略的に見れば、どうでもいいことでは断じてない。しかし仁は、主観的感情的に、どうでもよくないことを叫んで問う――


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