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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
115/148

3-26

「停まれ」

仁はヘッドレストに蹴りを入れる。パニック状態の運転手には、常に青信号が見えていたらしかったが、もう2、3発蹴りを入れると、赤ずきんが飛び出して来たかのように、遮二無二ブレーキを踏み付けた。二つも入口を通り過ぎていた。ここからだと最寄りの入り口は、あまり馴染のない、駅側西の入口だ。

「サンキューフォートゥナイト、世話になったな。お前等も、俺達のウエディングに呼んでやろう。今度はヌードじゃなく、きちんと服を着て来いよ」

 戯けた礼を述べると、仁は車の外へと飛び出した。スニーカーがアスファルトを踏み締めた途端、開け放ったドアが外れ落ちる。そしてあられもないカップルが、哀れな顔を色濃くする。しかし、プライスレスのスマイルをチップとし、背中を向けて走り出す。

 今日も変らず迎え入れてくれる自動ドアを、それでも邪険に掻き分ける――

 しかして店内は、クリスマスカラー一色だった――

 今にも恨み言を吐きそうな口、何かを漁るような手の平、聖夜を邪視する濁った瞳。累々と転がるそれらの人形(ひとがた)が、過剰に出店されているアパレルショップのマネキンなどではないことは、(そば)に寄らずとも、その場で周囲を見渡せば、すぐに確認できることだった。垂れ込める黒煙を容易に透かし、それらは(カラー)を投げ掛ける。弾痕だらけの壁や床――そこには生血が、未だ脈々として流れていた。

 ややあって仁は、滴るクリスマスソングの只中へ、己が足音を蹴り入れた。しかしその足は、きっかり三歩目で、定まっていたかのように停止した――

「ハイドアンドシークに付き合う暇はねぇ――出て来いや」

 その喉が――匕首(どす)のような声を突き刺した。

 すると黒煙は、似つかわしい黒い血を吐き出した。そのように淀みなく、彼等は姿を現した。煤を被った仄暗い明かりの中に、心を浚った笑顔が晒される。喪服のような、黒いスーツの一団だ。どこかで見たことがある連中だなと、仁はその目を眇めて透かし見る。しかし結局――そんな不審は振るわないことだった。

「テメェら、救済細胞の雑魚共だな。出迎えとは痛み入る。だがな、シェイクハンドのその前に、訊きてぇことが一つある――俺の女はどこだ? 山野井千尋という女だ。知らねぇとは言わせねぇ」

 擡げた拳を――ボキリと鳴らす。千尋の所在を吐いたにしても、顔面を胡桃の如く叩き割ることに変わりはない。連中の手に携えられている、マシンガンや薙刀といった、挑戦的な代物が、既にこれからを決めていた。しかし相手は、人間さえも遠ざける、そんな呪いの案山子の如き風情でもって、ただただ突っ立っているばかり。その十人一色(じゅうにんひといろ)の不謹慎な面持ちに、仁は強かに舌を打ち、身体を前へと押し出した。

 が――その瞬間に、差し出した脚の脛を蹴るかのように、床よりけたたましい音が跳ね上がる。思わず足を止め、その目を見張る。鋼の色を尖らす金棒が、人工大理石の床を穿っていた。そして走った亀裂を、黒いビジネスシューズが止めていた。そこにいる黒服に、仁は視線を持ち上げる。しかしその全形が、なかなかどうして見切れない。同じ地に立っているのに見下ろされ、行く手の景色を遮られる。こんな体験は、いつ以来のことだろう。その体躯は優に二メートルを超え、膨満しながらも、金属の如き堅固さを窺わせる。そのスキンヘッドの黒服は――さながら現世に舞い降りた鬼だった。その鬼が金棒を捨てたことが何を意味するのか、思い至ると頭が焼けた。現世に蘇る素手喧嘩(ステゴロ)最強伝説を前にして、背丈と同じく、なかなか見上げた根性だ。仁の右拳、その人差し指で、黒き髑髏の額がギラリと光る。姿勢は半身、左拳を前にして、右の拳を顎へと添える。仁は構えをとり、相手の第一手と、間髪入れず陥没するその笑みを、明々白々にイメージする。だがしかし――


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