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BLACK RING  作者: 墨川螢
第3章 サックガーデン占拠事件
114/148

3-25

 主役は遅れてやって来る――なんてよく言ったものである。前世であるところの伝説の極道・大葉恭司なら、酒瓶片手に煙草を吹かしながら登場し、『レディースアンドジェントルメン』とでも言うだろう。しかしながらこの男は、そんな気障なお茶目を楽しめる程、その肝が据わっていないらしい。相沢仁は、ジャックした車の後部座席にて、駄馬の尻に鞭を入れるようにして、ヘッドレストに蹴りを入れていた。全裸の運転手は、目からともなく股間からともなく垂れ流し、同じく全裸の恋人も、レイプでもされたかのような放心状態。彼等を乗せたセダンのスピードは、とうに時速100キロを超えている。しかしながらクリスマスイブの国道は、詰まった血管のような、排ガスに煙る大渋滞。それでもセダンは、時速100キロで突っ走る。国道脇の――歩道をば突っ走る。歩行者が悲鳴を身代わりに飛び退り、ガードレールが火花を散らせひん曲がる。しかし仁には、そんなウィンドウ越しの光景など、ニュース番組がお伝えする武力紛争とイコールで、大陸と大海と八〇インチの大画面によって隔てられているような、遠く平らな出来事だ。そもそも、紛争なら今まさにここで起こっている。時刻は午後6時33分――遅刻も遅刻、痴呆と罵られる程の大遅刻。時間との紛争がここにはある。腕時計の秒針の音が、銃声にさえ聞こえてくる。それは、近くて厚みのある音だった。

 やがてその音は、鼓動へとなり変わる――

 救済細胞は、相沢仁を呼び込むため、山野井千尋を質にした――

 そして相沢仁は、指定の時刻に遅刻した――

 蜜を香らせない花妻は――ただただ散るのを待つばかり。

 仁はそこに、まだ見ぬ救済細胞の面々を見出して、ヘッドレストを殴り付ける。

「もう少しだ! もっと飛ばせ!」

 フロントガラスから振るい落とされそうな街並みの只中に、目的地――銀河色にライトアップされたサックガーデン加護江ショッピングセンターの建物が、鷹揚として立ち上がる。その足下からは、闇にも似た黒煙が立ち昇り、まるで怨敵に拮抗するかのように、照明の光線に絡み付いている。そんな絢爛でもあり剣呑な佇まいは、そこにお祭り好きな魔王の城を見せ付ける。それでも仁は、その祭りのフィナーレに、魔王という花火を夜空に散らすのだと、そして、囚われの姫を抱き締めるのだと、運転手に向かってがなり立てる。

「いや、そそそ、それが――あれあれ、どうしろって言うんですかっ!?」

 その気勢を削ぐような甲高い声色でもって、青かった顔を赤に染めながら、運転手がそう叫ぶ。彼が思わず怒りを開放したのも無理はない――ショッピングセンターの敷地を包囲するようにして、防衛するようにして、分厚い野次馬の壁が築かれていた。

「もうここまで来たんだからいいでしょ! いい加減にしてよっ!」

 助手席の女もまた、傍若無人な悪漢に、ヒステリーをぶちまけた。

 仁は、後部座席で腕を組み、そんな二人の懇願を吟味するように、二度三度と頷くと――

「轢いちまえ」

 悪漢もとい、悪鬼の笑みを掲げて命令した。女だろうが子供だろうが、道を遮る者には死あるのみ。マグロのたたきにでもなればいい。異論などは認めねえ――最後通牒に判を押すかのように、ドアガラスを叩き割る。聖夜に邪道の供を強要されたカップルは、煌めく涙を見送り前を向き、洟を啜って呑み込んだ。アクセルが、フロアマットに張り付かんばかりに踏み込まれる。乗員の背中が、漏れなくシートに張り付いた。びょうびょうと迫り来るエンジン音に、野次馬達は一斉に、驚懼の(ツラ)を振り向けた。その面々の中には、今回も然るべき警察の姿は見当たらない。職務怠慢か早めの仕事納めか。いずれにせよ、小うるさい子犬がいないのは、やはり好都合というものだ。砕かれたバリケードのように四方八方へ逃げ散る人々の姿には目もくれず、仁は昂る息を鼻から抜く。蹲ったり罵声を上げたりする連中に、汚い後塵をぶっかけて、車はそのまま、ショッピングセンターの駐車場へと躍り込む。


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