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「演じるってことは、すごく疲れることなんです。私はもう、清純派だったりいいお姉ちゃんだったりを、演じることは出来ません。私には出来ない――弟を死に追いやった人間を生かしておくなど、私には出来ない。謝る気は塵程もありません。これが、少なくとも私という女優の本性です――小便臭いクソガキらしいでしょう? ねぇ、望月辰夫さん」
「復讐なんで虚じいだげだ! ぎっどわがり合える! 人類皆友達――仲間だろうが!」
理奈は、その唇に、そっと左手の人差し指を立てかけた。まるで、やまぬおしゃべりを窘めるようにして。そしてそれに、ふっと息を吹きかける。まるで、蝋燭の火を吹き消すようにして。髑髏の双眸は、オレンジ色の光を散らしていた。その光を掠めたからなのか、人差し指を後にした吐息は、燐光を帯びた雲のように、その存在を明示しながらも、ゆらゆら宙に漂った。が、その存在の本性は、あくまでも固く重く、動かぬ意志を描き出す――
大きく大きく――ターゲットマークが描かれる。
吐息に仕掛けられた爆弾は、その媒体が空気中に拡散するにつれ、まるで風船のように柔軟に、更に大きく広がった。そして檻のように堅牢に、ターゲットの身体を収容する。その一部を吸い込んでしまった丸い腹は、内部から光を発し、さながら提灯のようになる。しかしその灯が、目の前の道を明かすことはない――
理奈が左手を結ぶ――その証を、結ぶようにして。
「くたばれ――腐れ世の中の家畜野郎」
黒き髑髏が双眸を打ち開く――しかと見届けるのは、八つ裂きの断末魔の悪相のみ。しかし目を掛けられたのは、一瞬間の出来事で、周囲の色彩をも剝ぎ取る閃光に、身体もろとも塵にされ、巻き起こった突風に、罵倒されつつ拐かされる。
理奈は、炎と煙の嵐の中、千切れんばかりにはためくサイドテールを遊ばせていた――
修学旅行で訪れた京都の寺の住職は、『人間、生きているだけでエリートなんだ』と、厳めしい構えで説法した。だったら殺された私の智嗣は――『落ちこぼれ』だとでも言うのだろうか。焼き鳥が美味しい行きつけの惣菜屋の店長は、友情よりも金銭事情を大事にする友人の集りを受け入れ、『人間、善いところもあれば悪いところもあるさ』と、爽やかに笑っていた。だったらあんな野郎にも――人間足り得る善いところを見出せとでも言うのだろうか。
私にはわからない――
何でどうしてこの世の中は――
私の智嗣を追ん出して――あんな野郎を囲うのか。
頭蓋骨を叩き割って、頭と同じく美しく剃り上げられたその脳味噌に、彫刻刀か何かで、『Buena suerte』という皺を刻み込んでやりたくなる。鶏よろしく首を刎ね飛ばし、そんな有様で朝日に向かってコケコッコーと歌えるのか、ビデオカメラ片手に見てみたくなる。11月のあの日、加護江中学校で、1番の親友であった幼馴染を吹き飛ばしたあの日から、私は1ミリたりとも成長していない。彼女も、店長も住職も、事情を知っていようがいまいが、不用意にこの傷に触れる奴もまた――つい、殺ってしまいたくなる。
そんな私は犯罪者――
そんな私は人殺し――
そんな私は少女A――
もとい私は――少女a。




