3-19
「爆弾が――テメェの専売特許だと思うなよっ!」
望月は、胴を巡る弾帯から、ダイナマイトを引き抜くと、導火線に百円ライターでもって火をつけて――頭上の影に投げ入れた。爆ぜた光炎は、その影を掻き散らす。影は煙となり、辺り一面を席巻した。
頭までは、霜降りになっていないようですね……。燻されながらも、理奈は神経を尖らせる。垂れ込める黒煙、降り注ぐ時計の残骸。そういった形ある物が、薄々と見えてしまう程――その形ないものは、それでも濃厚に存在していた。生暖かく湿った視線が、うなじを舐める。思わず、眼球を後頭部へ押し出さんばかりに、その神経を尖らせる――
それが、災いした――気付いたときには、遅かった。
真正面から、煙の中から、障子を突き破るようにして、差し伸べられた手によって――左手が、薬指のブラックリングを上から覆い隠すようにして、決定的に掴まれた。クリームパンのようなその魔手は、それでも万力の如く、その手を山折りに締め上げる。
「ゲッチュ~……」――連続幼女誘拐魔さながらの形相が、ベールの中より現れた。
「これで詰みだ。左手を拘束した今、新たな爆弾を仕掛けることはできねえ。リングを覆い隠した今、あらかじめ仕込んでおいたリモート式爆弾を起爆させることもできやしねえ。その他の形式の爆弾でも同じことさ。これだけ密着している今、爆発したが最期、テメェも一緒に吹き飛ぶぜ。仕掛けて、自身の安全を確保し、そして爆発させる。その三挙動を成立させてこそ、爆弾は武器として成立するんだよ。爆弾さえなけりゃ、テメェはただの中坊女子。テメェだけが生き残り勝利する術は、最早摘み取られたってわけだ。能力の詳細を知っていれば、その攻略法はすぐにわかる。テメェは否定しやがったがな――これが賢者だ、クソガキめ!」
勝利宣言をするかの如く、望月辰夫は雄叫びを上げた。そして――余った左手で、ベルトに差されたナイフを引き抜くと、ガッツポーズをとるかのように振り上げた。
研ぎ澄まされた蒼白の光が、その首筋を照らし出す――
そんな状況に囚われているにもかかわらず、牢人のその眼は、自身を拘束する枷に垂らされているばかり。犯した罪への諦観――そんなものでは断じてない。その表情は、幼児を尻尾であしらう老練な猫のそれだった。橘理奈は、冷静だった。そのサイドテールが、大胆不敵に払われる――
床の上を、ナイフがうるさくのたうち回る――
望月の顔は、確保された連続幼女誘拐魔の如く、青々として歪んでいた。その右手は、最早掴んではいなかった――掴まれ、捻り上げられていた。手首を始点にからみついた蛇の如きベクトルは、肘に牙を突き立てて、その関節を、砕かんばかりに軋ませる。セメントの海をクロールで泳がされているような、そんな呼吸と姿勢で踠きに踠く。
「いてぇいてぇ! いてててテメェ! 放しやがれクソガキが!」
「わかりました」
理奈は、フレンドリーに握手をしているようなその手をぱっと開く。解放され、尻込みする望月。注文通り、放して差し上げた。しかし、その後のオーダーは受けていない。煮るなり焼くなりシェフにお任せ、そういうことだ。『ただの中坊女子』? 小学生の企業家がいる世界の、女性がますます参画している国にあって、ただ歳だけを食った雄ごときが、らしく漢を振り翳しているんじゃない――
サイドテールはねずみ花火のように、赤を基調としたタータンチェックのスカートの裾はプロペラのように、それぞれが鋭く回転する。望月が、憤怒の形相を擡げたその瞬間。一時停止を怠った車を彷彿とさせんばかりに、そのこめかみへと、横合いからラバーソールの踵が突き刺さる。ぎっしりと実が詰まっていて重量感がたっぷりの望月の身体は、それでもまるでピンポン玉の如くスピンしながら宙を舞い、地面に触れた途端に側方へと弾き飛ばされた。遠心力の残り香を身に纏い、後ろ回し蹴りを放った右脚を、しめやかに着地させ――そうして理奈は、細く細く息を吐く。




