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「抜け駆けされてなるものか!」
仁はそのように叫んだが、その胸の内には、口にするまでもない怒りが、そして意志が、咆哮の如く木霊していた――
千尋を――救済細胞の魔の手から救い出すっ!!
個室を飛び出す。御丁寧にもちんとした風情で置かれていた『清掃中』の立て看板を蹴り砕き、公衆便所から、そして公園からも駆け出して、横たわる道路へと躍り出る。夢の中とは違い、彼は冷静だった。激しい怒りと意志は、それでも冷光を放って燃えていた。走っている場合ではない、かと言ってバスを待つのは面倒で、父親を召還するのは更に面倒だ。首を梟のように巡らせる。そうして、哀れな野鼠達を発見した――上下にリズミカルに揺れるグレーのセダン。駆け寄って、そのボンネットを踏み潰す。聖夜のハードコア・レスリングの真っ最中だった全裸のカップルが、ぶっこ抜きジャーマンに入りかけの体はそのままに、目を剥いた顔を振り向けた。フロントガラス越しに見ると、出目金の番にも見えてくる。仁は、ボンネットから足を下ろし、後部座席の方へ鷹揚に歩み寄ると、ドアを毟り取るよう開け、シートにどかりと座り、脚を組むと、男の方に、唸るような声でこう告げた。
「サックガーデン加護江ショッピングセンターまで。料金は、テメェのデリンジャーの保障でどうだ?」
後部座席で、ホームヘルパーのような笑顔を浮かべている、バウンサーのような体躯の男に、男のみならず女まで、頸椎が疲労破壊を起こしそうな勢いでもって、ただひたすらに頷いた。「オーライオーライ、発進だ」仁は、倒されていた運転席のシートを蹴り起こす。車が、スキール音で夜気を切り裂き走り出す。
千尋よ――待っていろ。
仁は奥歯を噛み、固く拳を握り締める――手の内に、その心を籠めるようにして。
「もっと飛ばせ――信号も車も人も、みんな無視してブッチギレ」




