3-13
「それでも、あなたは銃把を握るのでしょうね。賢者ではなくとも、強者で――勇者なのですから。敵に背中など見せるはずがない。よくわかりました。これまでの非礼をお詫びします。私も――出しなに食べたお味噌汁を戻さない程度に、この腹を括りましょう」
理奈が、その一歩目を踏み出した。しかしその一歩が――正しく踏まれることはなかった。まるで出鼻に鳩尾へ蹴りを刺されたかのように、彼女は身体を折り曲げ、そして二度三度と咳き込んだ。
望月は、暖かな気持ちになった。膨れた腹を抱えて寝転んだ豚のように、その表情はほころんだ。銃把にやった手も、ぬくもりの中で丸まった。口元を押さえて呼吸を律する理奈の顔は、それこそ雪女のように白かったが、頬と鼻と唇が、燃え立つように赤かった。引き締まったその脚も、締まりなくふらついている。
どうして勝負の女神は、こうも奴に微笑むのか――
風邪を引かせ――風を吹かせるのか。
「そんな身体で、余裕を演じてんじゃねえぞ、クソガキが」
望月は、二丁の大型リボルバーを抜いた。その致死的なまでにいかめしいボディーが、容赦のない銀色の反射光を放つ。それは、自分自身の威光に他ならない。最高の気分だった。もっと光をと、その銃把を絞るように握り締める。すると世界が、冷たい音を弾かせて、真っ二つに分かたれた。まじまじと、その境界線を視線でなぞる。眼鏡の左レンズに――鋭く皹が入っていた。ややあって彼は、口元に笑みを滲ませた。想像を超えし我が威光。最高の気分とやらも、限度を新たに昂った。
そんな威光を前にして――
あのクソガキは――
橘理奈は――反抗のシンボルのように立っていた。
擡げられた左の拳が、震える唇を掻き拭う。ラフなキスに応えるようにして、黒き髑髏の双眸が、斜陽の光で満たされる。握り締められていたダーツの矢にも、同色のターゲットマークが花開く。
「無駄な闘いに、無駄な時間を割きたくありません――吹き飛ばしていきますよ」
望月は、その眉間を痙攣させた。3倍も人生経験のある年上を、最早見下しもせず、見ようともしないその態度が――いよいよもって気に食わねぇ! 彼のブラックリングの髑髏の双眸も、金色の光を解き放つ。そして主の身体もまた、毛皮を着た成金の如く、金色の豹紋を見せびらかす。
時刻は丁度午後6時――
このステージを見下ろす柱時計が――
後戻りを許さぬ厳格なる鐘の音を――今をもって響かせた。
「今度はこの世から追放してやるぜええええええええ――っ! 橘理奈あああああああああああああ――っ!!」
望月辰夫は――リボルバーのトリガーを、圧し折るように引いたのだった。




