3-12
望月が、スキャンダルの裏側を、その真実を知ったのは、理奈が青年の恋人の頬にキスをしている写真が、週刊トゥルースにトップ記事として掲載された後のことである。背が高く青年に見える、仲睦まじく恋人に見える、それでもその少年は――理奈の苗字を違えた弟だった。しかし、狼狽する望月とは違い、編集部や徳江は、それを問題視しなかった。最早巷は渦の中。誰が彼を、青年の恋人ではないと疑うだろう。献身的なファンにしろマネージャーにしろ、仮に疑う者、または真相を知る者がいたとして、一体何ができようか。飛ぶ鳥を羽毛に変えてしまう程に増長した竜巻に、帽子が呑み込まれたからといって、取り戻そうと飛び込む向こう見ずがどこにいる。そういう良心の限界を、彼等はよく心得ていた。そんなホモサピエンスのシステムが、竜巻をますます増長させ、何より、望月辰夫という人間に、神風となって吹き付けた。その追い風を受けた彼は、理奈の弟を、悪魔の弟を、執拗に追い回し、あの新宿の住宅街の交差点から――
あるべき地獄へ――突き落とした。
信号を無視した末の交通事故――即死だった。
女優界の若きホープが、引退を表明したのは、その三日後のことである。望月辰夫は――狂喜乱舞しながら、股座のシャンパンを開栓した。あまりに調子に乗り過ぎて、編集部を解雇されることになっても、既に焼け石に水だった。凡愚は偉人に嫉妬するものなのだと、熱病に罹っていることさえ認識しなかった。
「芸能人ならもう少し、世間の盲目さを知っておくべきだったな。男だろうが弟だろうが――お前がキスをした雄だってことに変わりはねぇ。それで十分だったのさ。賢者の嘘ってのは、その荘厳さで、真実を押し黙らせるものなのさ」
望月は、言葉を重ねる度に、声のトーンを釣り上げて行く。
理奈はいつしか、首を吊り上げられたかのように、黙して下を向いていた。
「くはははははははは――っ! 悔しいか、悔しいだろう! でもよかったじゃねぇか! 誇り高い自分が、最愛の弟も守れねぇ、誇りだけのクソガキだと、骨身に沁みるほどわかっただろうからな! 俺に感謝しろよ! クソガキは年上を『人生の先生』と仰ぎ、教えを黙って欲しがりゃいいんだよ! テメェの弟は、そのための教科書、いいや――チョークだったってわけさ! 削れて、折れて、白い粉になって消えるチョークだチョーク! そうだそうともそうなのさ! テメェのために弟は死んだんだ! 骨になって消えたんだ! 姉冥利に尽きるよなぁ! くくはははははははははははははははは――ってオイっ!?」
フィニッシュとばかりに、金切り声を撒き散らした望月だったが――失敗作の福笑いのような顔面を更に散らかして、黒縁眼鏡の奥の目ん玉をひん剥いた。
理奈が――唇に薄ら笑いを滑らせていた。
そしてそこから、花弁から逸脱した朝露の珠のように、その言葉は落下した。
「精神攻撃のつもりですか。だったらそのネタは、既に賞味期限切れですね。私は、今の私は、弟のことなどどうでもいいんです。新たな夢に比べれば――肉親の命さえ薬莢に等しい。望月辰夫さん、今の私が、落ちがあるオチを予測できなかった以前と同じく、頭がローストしているように見えますか? 自分をロストしているように見えますか? あなたの言う賢者とは、その程度の称号ですか?」
そして理奈は、口元のほくろが剝がれ落ちそうな、大きな大きなため息を漏らす。
気付けば望月は、ホルスターの自衛手段に手をかけていた。しかし銃把を感じるには、その手はあまりに冷え過ぎていて、何よりあまりに震え過ぎていた。弟の死に心を痛めない、その仇にも怒りを燃やさない――そんなこいつは雪女か? どこまでも抜けるような、白い白いその表情。頬を伝う脂汗が、雪華になって散りそうだった。




