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理奈の蛾眉が――蜘蛛の牙を察知したかのように、ぴくりと動く。
望月の脳裏には、鱗粉の如き光を散らして、栄光の記憶が巡っていた――
思い返す度、自分も若かったものだと嘆息する。ランドセルからスクールバッグへ、おかっぱからサイドテールへ。そんな執行猶予など与えることなく、討ち滅ぼすべきだったのだと嘆息する。祖母ほど年の離れた大物女優が相手でも、自分の意見をはっきり述べ、その演技を挑むかのような目で査定する、そんな年上を軽んじたあの態度――橘理奈は、子役の頃から、ちゃきちゃきのクソガキだった。
年下は、年上の背中から生きる術を拝領してなんぼである――望月辰夫は、そのように断じる。いつでもどこでもヒヨコのように、よちよち歩きで一生懸命、親鳥の後を追っている健気さこそが、そのあるべき姿である。にもかかわらず、親より大きく立派な鶏冠を持とうとすることなど、ましてやそれを見せびらかすことなどは、自然の摂理に反するというものだ。
それに比べ、彼女のなんと素晴らしいことか。『年上のおじさまが大好きです』――人気アイドルグループの不動のエースでありながら、大野美香は謙虚であった。高校1年生にしてあの利発さ。年下も捨てたものではないとさえ思った程だ。
そんな天使を、悪魔は汚した――
『理奈ちゃんはクールと言うか、無愛想なんだよ。もうちょっと女の子らしくして、女子力って言うんでしたっけ? とにかくそういうのを高めた方が、もっと人気出ると思うな』
『なるほど。塩は百肴の将。あのようなしょっぱい演技もできるようになった方が、演技の幅が広がりますね。塩加減に気を付けて頑張ります。ありがとうございました』
2歳も年上の人生の先輩が、懇切丁寧にアドバイスをしてくれたにもかかわらず――まるで彼女が塩漬けの大根であるとでも言うように、そんな皮肉を吐いたのだ。
橘理奈――
あの不遜な悪魔に――正義の鉄槌を。
しかして望月の――『聖戦』という名のストーカー行為が始まった。ゴールデンタイムにおける件の騒動が、ネット上の争乱となり、当人達が所属事務所のホームページ上で謝罪を述べ合い、結局すったもんだは収束を見たが、この男の怒りは集束し、その脳細胞に焦げ付いていた。すると、正義の名の下に、同志達が参集してきた。ブログにアップしていた盗撮画像を目にした週刊トゥルース編集部が、その捜査能力を欲し、張り込み屋としての雇用を申し出たのだ。彼等もまた、橘理奈に、芸能界追放という鉄槌を下そうとしていた。大物俳優・徳江洋行からの、内々の依頼だと言う。あんなクソガキに交際を申し出た挙句お断りされた大物俳優の姿はお笑い種だったが、その無念は、まるで我が身のように感じられた。望月は、コンビニのアルバイト店員から出版社の正社員へとレベルアップできるという利点もあり、二つ返事でこの申し出を受け入れた。そして、編集部という後ろ盾を得たことで、そのストーカー行為を、より攻撃的に加速させていった。そしてついに、鉄槌は振り下ろされた。『清純派女優! 暴かれた夜の逢瀬!』そんなけばけばしい見出し文字が、雑誌を飾り立てた。そして――空を仰げば円光を頂く若き額が、地面の陰を啜ることになるまでには、それ程の時間はかからなかった。
「どんなに大人ぶろうが、お前は若かったのさ――」
望月は、得意気に太鼓腹を打ち鳴らす――
「世間様にとっちゃ、芸能人の愛なんざ――恋愛にしか見えねぇんだよっ!」
その若さ故の無知故に――
最愛の弟を――守り切れなかったのだと。




